南京事件

外国船への攻撃 1
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最終更新日:2017/07/22 13:13

日本軍は南京城攻撃のドサクサで関係のない外国船を攻撃してしまいました。

このことは重大な国際法違反で外交問題に発展してしまいました。

当時の揚子江にはアメリカやイギリス等外国の軍艦や商船が多数停泊していましたが

それらの船は危険を回避するために南京から移動しました。

その様子を日本軍の兵士が記録しています。

●前田吉彦少尉 日記 第6師団歩兵第45連隊

堤防の向こう側に駆けおり脱糞せんとすれば

おりから揚子江を黒煙をはきつつ汽船約十隻の遡行しつつあるを発見す。

尻をまくったままで双眼鏡をのぞく。

どの船上も灰色の軍服を満載しているその船には

いずれもアメリカ、英国、フランスなど諸外国の旗が翻っている。・・・・

いまこの敵を無造作に取り逃がす心積もりなのか、この機会を放棄するつもりなのか・・・・

           (注:日本の兵士は用便中でなく武器があれば攻撃するつもりのようです)

 

12月12日には海軍航空隊が中国側の船と誤認して

アメリカの警備艦「パネイ号」を攻撃、沈没させてしまいました。

意図的ではないにせよ最初に日本軍の砲撃を浴びた時

「パネイ号」は、12日揚子江上流に避難をしました。

午後1時すぎ日本軍機6機が急降下攻撃を加え始めました。

乗組員が避難し2時すぎ船は軍艦旗と共に沈没しました。

この攻撃でパネイ号では乗組員2名、イタリア人記者1名、タンカ-の船長1名が死亡し、

3名が重症、11名が負傷しました。

その時のアメリカの電報です。

●パネイ号日本空軍に撃沈される

海軍無線 EB 平文電報

発信 CINCAF

受信 12月13日

海軍作戦部 在上海アメリカ総領事館宛

第○○13号、 11時、 日本参謀長がCINCAFを訪れ、

米国司令官に12月12日午後呉淞上流221マイルのパネイ号と

3隻のスタンダ-ド石油商船への爆撃について報告した。

4隻は速度4ノットで上流を航行中、日本軍飛行機1機が船籍を確かめようと努力して、

高度300メ-トルを飛んだが、国旗を確認できなかった。

13時25分、爆撃機3機が、護送船団隊形の2隻を攻撃し、炎上させた。

13時40分、爆撃機6機が攻撃1隻に損害を与えた。

パネイ号の爆撃による沈没の正確な時間は不明。

長谷川司令長官が電報で以下のことを伝えてきた。

日本海軍は責任を感じていると陳謝し、遺憾の意を表明した。

日本軍は適切な処置をとる準備のあること、

また、生存者の救出を申し出で、生存者救出のためすでに海軍機を派遣したと述べた。

イギリス艦ビ-号とオアフ号が現在、生存者のいる和県方面に直行している。

4隻には、ともに8月、上甲板に水平国旗を示す表示が出ており、パネイ号はこの命令に従っていた

 

これらの事件が国際問題になるという認識が日本の司令官にはなかったようです。

●松井石根 中支那方面軍司令官 陣中日記

13日、橋本大佐の率ゆる重砲兵隊が江を渡りて退却中なる敵を砲撃するさい、

付近にありし英国商船および英国砲艦乗員に小損害を与えたる事件あり。

これ居留民避難保護に任じたるものにて中に英独領事館員、武官等もあり、

将来多少の問題を惹起すべきも

かかる危険区域に残存する第三国人ならびにその艦船が多少の側杖をこうむるはやむなきことなり

いわんや我が方はすでにこの方面における戦場の危険を列国に予告しおきたる

日本はこの時点ではまだアメリカやイギリスと戦争しているわけではありませんから、

政府、外務省はかなり困りました。

大きな外交問題に発展しないように外務省はすぐにアメリカやイギリスの大使館に謝罪をしています。

●日本外務大臣より駐日アメリカ大使宛の口上書   1937年12月14日付

謹啓 大使殿

12月12日、アメリカ砲艦パナイ号とスタンダ-ド石油会社の汽船3隻が

長江上流26マイル地点で日本海軍機の爆撃をうけ沈没した事件に関して、

事件が非公式に本官に伝えられるや、

わが国政府の陳謝を大使閣下からアメリカ政府にお伝えいただくようにご依頼申し上げました。・・・・・・

アメリカ砲艦パナイ号とスタンダ-ド石油会社船舶を、

逃走中の中国軍をのせた中国船を取り違え、撃沈させました。

しかるに、先の状況にてらしてみれば、明らかに今回の事件は主として日本の誤認によるものであるので、

日本政府はアメリカ軍艦、船舶に損害を与え、その乗員に死傷者をだしたことに対し、

深甚なる遺憾の意を表明し、そしてここに喪心より謝罪する次第です。

日本政府は、これらの損害の全てに対し賠償を行い、事件の責任者を適切に処分する所存です。

この不幸な事件により、日米の友好関係に悪影響が及ばないことを日本政府は強く希っております・・・・

●駐日アメリカ大使より外務大臣宛への口上書    1937年12月14日付

大臣閣下

・・・・このような事態にあって、わが国政府は日本政府に対し、次のことを要求するものです。

日本政府は正式書面により遺憾の意を表明すること、また完全かつ十分なる賠償を執り行うこと。

さらに、今後、中国にあるアメリカ国民の財産が

武装日本軍の攻撃もしくは一切の日本官憲または日本軍による不法な干渉を受けることのないよう、

確実に実効ある措置をとる保証を与えること。

この事件はアメリカの新聞・ニュ-ヨ-クタイムズにも大きく取り上げられています。

●「日本陸軍指揮における内紛」1937年12月20日 上海発特電 ハレット・アベント記者

日本陸軍が中国軍を追い詰め、前線が拡大していく一方で、

陸軍内部において指揮権をめぐり、もう一つの激しい戦いが行われている。

12月12日、ランチに乗った日本兵が、アメリカ砲艦、パナイ号に機関銃を浴びせかけたことにより、

この熾烈な戦いは頂点に達した。

というのも、この指令は、橋本欣五郎大佐の独断によるものであったからだ。

中支那方面軍司令官松井石根大将は橋本大佐を処罰しないのではないかと、

日本軍将校らは松井の権力を疑問視し始めている

第三者からみると、いかなる軍隊の大佐と言えども、

この場合のように、上官に背いてまで本人の意思を貫くことなど、あってはならないことである。

1936年2月26日、東京で起こった軍事ク-デタ-の推進者の一人が橋本大佐であったといえば、

彼の反抗的行動の説明がつく。・・・・

橋本大佐が自己の地位保全のため、政治力を行使したことが、

陸軍総体の規律を致命的に乱したと言われている。

つまり、上官が処罰されないというのなら、略奪や強姦をしても、なんら咎めはないはず、

と兵卒は解釈するのである。

 

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