南京事件

南京事件の地理的範囲
記事専用プリント対応ページ

最終更新日:2018/02/03 9:35

地図の上でどこを南京と限定するのかでも被害の規模は変わります。

南京事件を小さく見せようとする人は、城壁に囲まれた南京城内のみを南京と主張しています。

極端な意見は、その城壁の一部である「国際難民区」を南京と主張している人もいます。

難民区に避難した人たちが20万~25万人ですので、南京の人口を20万人と主張しています。

このことは後で詳しく書きます。

 

中国軍は南京を守るために第一次・第二次防衛をかなり広く設定し多くの軍を配備していました。

さらに直接の防衛陣地は城外に多くありました。

必ずしも南京城内で戦闘が行われたわけではないので、

南京戦を考えるとき、攻防戦がおこなわれ、陥落後に日本軍が占領した地域を南京戦区と呼ぶのが妥当でしょう。

そして多くの事件も広い地域に分散しています。

中国の行政区では市の下に県があります。

実際には行政区としての南京市は南京城内・城区(南京特別市)及び

近郊6県(六合県・江浦県・江寧県・凓水県・句容県・高淳県)に及びます。

その6県にもそれぞれ県城と農村部があります。

全部合わせた地域を行政区の南京と呼び、その面積は東京・埼玉・神奈川を合わせた位のかなり広い面積です。

 

肝心の南京城ですが、

明王朝の時代に20年かけて作られたもので16の門があり高さ20メ-トルの城壁に囲まれていて、

その城壁は、長さ34.2キロでだいたい東京の山手線と同じ長さです。

ですから現在の山手線内の人口を考えてみると、南京城内にも相当の人口があったことが想像できるでしょう。

近郊6県を含めた行政区の地図を掲載します。

南京城内は斜線の部分ですからほんの僅かな事が分かります。

 ナンキ南京全図

 

上記のように中国軍の防衛線が郊外にあったため、

事件も狭い南京城内より周辺地区で多く発生しているのは当然の事です。

つぎは南京の中心、南京城まで拡大した地図です。

ナンキ南京城区地図

キザキザ’(凸凹)の線で囲んだところが南京城です。

その中ほどに「国際難民区」があります。

国際難民区ついては後の方の項目で詳しく書きます。

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ご意見・ご感想はこちらへ ※個人情報の取り扱いについて

お名前 (必須)

メールアドレス ※返信をご希望の方はご記入ください

メッセージ本文