南京事件

南京戦・中国側の死者の人数 2
記事専用プリント対応ページ

最終更新日:2019/10/26 10:44

今回は主として中国の資料です。

2.目撃証言から(主として中国人)

●唐世杰「この事実を・・・生存者証言集から」    

12月13日 浦口東門      4~500人

●伍長徳 他「この事実を・・・生存者証言集から」 

12月15日 漢中門外、土手   2,000名余

●邱栄貴「この事実を・・・生存者証言集から」     

12月15日 江東橋一帯     1,000人以上

             遺体は河に入れられ橋にされた

                                                     注:遺体を積み上げてその上に板を敷いて橋や道にしたのです。

●蒋坤「27人が語る南京事件から」          

12月16日 陰陽営の野菜畑   約160人

●巌洪亮「この事実を・・・生存者証言集から」

12月   草鞋峡・老江口    3,000人以上

●陳徳貴「この事実を・・・生存者証言集から」          

12月17日 煤炭港倉庫外    2,800人余

●孫からヴォ-トリンが聞き取り「南京事件の日々」          

12月23日 金陵寺南方     60~100名

●陳家寿「27人が語る南京事件から」                

上海路付近の沼   200人

●劉聚才「120人の証言」           

揚子江をたくさんの死体が途切れなく流れていた

3.中国側の研究資料から   

中国では南京事件の被害者をかなり多く見積もっている、少しオ-バ-ではないかという意見があります。

実際には数字を確定することはかなり難しく、

また1万人でも10万人でも虐殺は虐殺なので数にこだわる必要はないという意見もあります。

しかし学問的には実際の数字に近づけるよう調査研究の努力を続けることは大事なことです。

最近では中国政府もこの事件を政治的に利用しないで学問的に調査をするようにしています。     

●孫 宅巍 論文 江蘇省社会科学院研究員 1998年 「南京事件をどう見るか」より        

調査可能な記録に基づいて1000人以上の虐殺があった例          

漢中門外          2000人あまり 12月15日          

中山埠頭          5000人あまり 12月16日          

下関一帯の単耀亭      4000人あまり 12月16日          

煤炭港           3000人  12月17日          

草鞋峡            57000人  12月18日          

三汊河            2000人  12月中          

水西門外、上新河一帯   28000人  同上          

城南鳳台郷、花神廟一帯     7000人あまり  同上          

燕子磯江周辺        50000人あまり  同上          

宝塔橋、魚雷営一帯     30000人あまり            

その他規模が異なる散発的な虐殺事件が870回ばかりある。

1回の犠牲者は少ないケ-スで12人から35人、多いときに数10人から数100人だ。

4.市民個人による埋葬   

●芮芳緑・張鴻儒・楊高才1945年12月8日証言「中国関係資料から」

         奉仕埋葬隊を組織  難民 5,000体

                   兵士 2,000体

●盛世微・昌開運「中国関係資料から」  28,730体を埋葬

●陳国興「この事実を・・・生存者証言集から」 30体余を埋葬

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ご意見・ご感想はこちらへ ※個人情報の取り扱いについて

お名前 (必須)

メールアドレス ※返信をご希望の方はご記入ください

メッセージ本文