大東亜共栄圏

予定された地域への原爆投下
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最終更新日:2014/05/31 9:52

アメリカによる原爆投下にはおおくの議論があります。

今後の米ソ対立を予想していたアメリカは、ソ連よりも早く核実験に成功し実践で使用する計画を立てていました。

アメリカ国内での核実験に成功したアメリカはすぐに日本への投下を実践しました。

アメリカ軍部としては実験成功を前提とした投下日程を決めていました。

原爆投下はそれ自体無差別殺人で大きな犯罪です。

しかしそこが日本、アメリカ、アジア、世界で意見が色々あるところです。

アジアの人の考えはつぎの項目で書きますが、

アメリカ軍部が予定していた原爆投下の目標地点と予定日の一覧です。

(元 徳山高専教授 工藤洋三氏の調査から  東京新聞2014年5月30日)

日付

内容

1945年4月27日

第1回、目標選定委員会

  東京湾、川崎、横浜、名古屋、大阪、神戸、京都、広島、呉、八幡

  小倉、下関、山口、熊本、福岡、長崎、佐世保の17都市を研究対象

    5月10~11日

第2回、目標選定委員会

  京都、広島、横浜、小倉を目標として勧告

    5月15日

ワシントンの第20航空軍のマリアナ諸島のB29部隊に連絡

  広島、京都、新潟を「予定された地域」とする

    5月28日

第3回、目標選定委員会

  正式に京都、広島、新潟に変更

    5月29日

投下予定地からはずされた横浜に大空襲

    6月27日

原爆投下に備え、広島、京都、新潟に加え小倉も通常爆撃を禁止する

    7月25日

広島、小倉、長崎、新潟を目標とする投下命令

    8月6日

広島に原爆投下

    8月9日

長崎に原爆投下

3個目の原爆を小倉に投下するために準備を進めていた矢先に日本は無条件降伏して回避されました。

 

 

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