南京事件

中支那方面軍の基本的問題
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最終更新日:2018/02/24 10:52

準備不足で拡大した作戦である事は再三書きましたし、

最初に虐殺以外にも強姦、略奪、放火、麻薬等の事件も起こしているとも書きました。

上海から南京にかけての日本軍の暴虐には軍の上層部も困っていたようです。

● 阿南惟幾 陸軍省人事局長 1938年1月12に陸軍省局長会報 「支那事変記録其の4」

軍規紀風紀の現状は皇軍の一大汚点なり、強姦、掠奪たえず、

現に厳重に取締りに努力しあるも部下の掌握不充分、未教育補充兵等に問題なおたえず。

何故このような状態にあったのか!このあたりをもう一度整理してみます。

1. 後方からの補給準備がまったく欠けていたので、

  南京に殺到した各部隊は民間人からの徴発に食料を依存し、略奪暴行の原因になった

2. 中支那方面軍には外交や渉外の機能がなかった。

  また国際法を熟知した法務顧問もいなかった。

  そのため日本の公使館や領事館との必要な連携も取れず、外交官は軍の暴行をとめる事が出来なかった。

3. 軍は軍規風紀維持について関心がなかった。

方面軍には元々直属の憲兵がいなく、個々の派遣軍や第10軍所属の憲兵しかいなかった。

20万の日本軍に100人前後の憲兵では取り締まる方法がなかった。

特に12月17日の入城式時点では南京城内にはわずか17名の憲兵しかいなかったため、

兵士の非行を止めることが出来なかった。

4. 軍中央にはもともと南京攻略までするつもりがなかったため、

何故南京を攻略するのか、占領後南京をどのようにするのか、基本方針がなかった。

つまり暴れ馬の御者が手綱を放しっぱなしにしたように、

中支那方面軍の司令官は一切の統率をしないで

上海派遣軍や第10軍の各部隊の責任にまかせてやり放題の状態にしたのです。

 

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