南京事件

南京占領方針と安全区への対応
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最終更新日:2018/08/04 9:51

陸軍中央は「国際法は守らなくとも良い、捕虜と言う名前は使うな、

仮に殺害しても問題にはならない・・・・」と言っただけで、

何も大量虐殺を認めたわけではない、と言う弁明も出来るでしょう。

しかし陸軍中央が捕虜に対する基本政策を示さず、現地任せの判断にした事が、

現地軍では虐殺の許可と受け取って勝手な事をしたのでしょう

民間人、外国人、投降兵に対しては被害を与えないように配慮した面があることは軍としては当然です。

日本軍が外国の首都に入城することは初めてなので、

占領後の入城部隊がきちんとした行動を取るように中支那派遣軍では規制策を準備していました。

●南京城の攻略及び入場に関する注意事項      

1.部隊の軍紀風紀を特に厳粛にし、支那軍民をして皇軍の威風に敬仰帰服せしめ、

 いやしくも名誉を毀損するがごとき行為の絶無を期するを要す     

1.別に示す要図に基づき外国権益とくに外交機関には絶対に接近せざるはもとより、

 とくに外交部が設定を定義し我軍に拒否せられたる中立地帯には、

 必要のほか立ち入りを禁じ、所要の地点に歩哨を配置す      

1.入城部隊は師団長がとくに選抜せるものにしてあらかじめ注意事項、

 とくに城内外国権益の位置等を徹底せしめ、絶対に過誤なきを期し、

 要すれば歩哨を配置す

1.略奪行為をなし、また不注意といえども火を失するものは厳罰に処す       

 軍隊と同時に多数の憲兵、補助憲兵を入城せしめ不法行為を摘発せしむ

●松井石根大将が東京裁判用に記述した文書「支那事変日誌抜粋」 (原文カナ)

敵軍といえども既に抗戦意思を失いたる者に対しては最も寛容慈悲の態度を採り、

尚一般官民に対しては常にこれを宣撫愛撫するに努め、

皇軍一過所在官民をして皇軍の威徳を仰ぎ、欣て我に帰服せしむるの概あるを要す

一応の努力として軍は大使館や外国権益を記した地図を多数作ったり、

国際安全区を尊重する指示をだしました。

しかし実際は民間人と敵軍兵士を区分する事は困難だし、

上海から南京に到るまでもすでにメチャメチャな行動を取っていましたので、

その流れとして結局注意事項は一切守られませんでした。

 

[安全区に対する日本軍の対応]

安全区では避難民と敗残兵の安全を守るように日本軍に要請しました。

日本軍も安全区を尊重するとアメリカに約束した事もあって、

中支那方面軍は約束を守る指示を出していましたが、実際には全く守られませんでした。

●国際委員会のラ-ベの要請書 (笠原十九司著 南京難民区の百日から)     

中国兵の一部は安全区に逃げ込んだが、武装解除をして収容してあるから、

その命を助けて欲しい

●中支那方面軍「南京城の攻略及入城に関する注意事項」(原文カナ)  

南京戦史資料集から

別に示す要図に基づき外国権益特に外交機関には絶対に接近せざるは固より

特に外交団が設定を提議し我軍に拒否せられたる中立地帯には

必要の外立ち入りを禁じ所要の地点に歩哨を配置す

上海から南京落城の戦闘感覚の延長で入城後間もなくから日本兵は安全区でも略奪強姦を繰り返しました。

 

 

 

 

 

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