南京事件

中国側資料に見る悲惨な状況
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最終更新日:2019/09/21 12:00

南京特別区の各県の被害様子を公けの資料から見てみます。

「凓水県」の資料

●日本側資料 防衛庁・戦史叢書・中国方面海軍作戦から

12月29日、海軍航空隊の戦闘機、爆撃機35機が市街地を爆撃、機銃掃射が行われた。

●凓水県誌(凓水県地方誌辧公室) から

ちょうど昼飯時だった市民は突然の空襲をうけ、県城は一瞬にして地獄絵と化した。

爆弾によって家屋は破壊され、随所に火災が発生した。

慌てて往来に逃げ出した群衆に向けて爆弾が投下され、さらに機関銃掃射がくわえられた。

1時間ちかくにわたった空襲で、市民1200余人が死亡、家屋数千戸が破壊された。

●凓水県誌(侵華日軍江蘇暴行録)から      

12月、柘塘鎮に日本軍は拠点を設置して駐屯、以後付近の農民が殺害され、婦女が強姦される

(被害は日中戦争期間で村民29人が殺害、婦女28人が強姦された)

「句容県」の資料

●日本側資料

12月4日午前8時40分京都第16師団(師団長中島今朝吾中将)句容東方に侵攻    

●句容県誌から(句容県地方誌編纂委員会)    

日本軍が倪塘村にきたとき、成年男子は付近に避難していたが、

婦人や老人、子どもはまだ村に残っていた。

侵入してきた日本軍の銃声が聞こえたために、

婦人や子どもも夕闇にまぎれて逃亡、付近に身を隠した。

日本軍は逃げ遅れた村民と他所から避難してきていた人など40余名を捕まえて、

倪安仁という村民の家に押し込めて火をつけ、焼き殺してしまった。

翌朝の8時か9時ごろ、日本軍の1部隊が、

国民党軍の捕虜をふくめた他所の村民約80名を捕縛して句容公路沿いに連行し、

機関銃で全員殺害した。

このとき、溜め池の土手で1人の若い女性が8名の日本兵に輪姦され、

その後精神異常をきたし、間もなく死亡した。

日本軍は村を去る前に村落を放火していったため、

村の公共の建物以外、全村80余戸は全部焼失した。

倪塘村虐殺事件では、120余人が殺害されたが、

多くが他所の農民で、倪塘村村民は7人が犠牲になり、そのうち2人は女性だった。

●日軍侵占句容期間暴行録 から   

12月5日朝、8時か9時頃、

日本軍の一部隊が句容県城の北にある本湖村に食料徴発と部落掃蕩のためにやってきた。

これを遠くから見た村民は、てっきり国民党の軍隊と思い込み、

村の自警団やく30名に召集をかけ、槍や刀をもって集合し、

整列して歓迎しようとしたところを全員捕縛されてしまった。

付近で捕まえられた青壮年男子も加えて、

40余名が村の醸造小屋に押し込められて、火をつけられた。

小屋の外に逃げ出そうとした者は射殺され、

全身火達磨になって小屋から飛び出し、近くの池に飛び込んだ者も射殺された。

当時16歳だった万仁勝がただひとり、小屋から逃げ出して垣根のなかにかくれ、

火傷をおいながらも生き延びたほかは、みな殺された。

「高淳県」の資料

●日本側資料

南京東方約140キロの常州の海軍航空基地から

12月4日航空隊は偵察機・戦闘機・爆撃機計19機が出動した

(防衛庁・戦史叢書・中国方面海軍作戦)

●高淳県誌(高淳県地方誌編纂委員会)       

・・・・町の中心を通る大通りに集中的に爆弾が投下され、

爆風で吹き飛ばされた死体が沿道に散乱した。

中心街は火の海となり、やがて廃墟と化した。

この日項だけで80発の爆弾が落とされ、

住民100余人が死亡した。破壊され焼失した家は200余戸にのぼった。       

12月6日、日本軍(国崎支隊)が水陽鎭から県境の水碧橋村に侵入し、村民36名を惨殺した。

高淳県城を占領した日本軍は、住民にたいして発砲し、30余名を死傷させた。

● 同上

12月6日、日本軍(国崎支隊)が水陽鎮から県境の水碧橋付近に侵入し、

村民36任を惨殺した。

 

翌7日、高淳県城を占領した日本軍は、住民にたいして発砲し、30余人を死傷させた

● 同上      

1月、襲来した日本軍によって高宣圩王家、南項挭の2村が放火される。

掃蕩や女性狩りにきた日本軍が各県城や各村で強姦、多くは殺害した。

(日中戦争期間中、数百人の女性が強姦された)

「江浦県」の資料    

●江浦県誌(江浦県地方誌編纂委員会)      

・・・・江浦県城占領までに30余名の農民や難民が殺害された。

さらに県城から浦口にいたる沿道の農民や漁民44人が死傷した。

さらに大小の発動機によりなる水上部隊(約100名)が西江口を襲撃

、農民・行商人・子供30余人を殺害、商船100余隻を砲撃・破壊・焼却した。

民船を捜索中に発見された婦女10数名が船中で輪姦された。

● 同上      

12月27日、日本軍40名が村々を捜索してまわり、農民や難民17人を殺害、婦女6人を強姦

「江寧県」の資料    

●江寧県誌(江寧県地方誌編纂委員会)より      

12月下旬、上坊で婦女10人が強姦され、陰部に鉄棒を刺して殺害される。

1938年1月8日、陸郎村で県城から避難していた市民が「敗残兵狩り」で100余人殺害される。

そのとき婦女8人が輪姦され、腹を割かれて殺害される。

岔路郷は南京城から近く、交通の便も良いため、

日本兵が「花姑娘探し」のために頻繁に襲来、

婦女250余人が強姦され、多くは殺害された

石馬村だけでも女性20余人が陵辱され、殺害された。

曹村では3度にわたって日本軍部隊が襲来し、50人が殺戮された。

 

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