南京事件

中国軍医蒋公殻の日記
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最終更新日:2019/10/05 9:52

国民党中央軍軍医「蒋公殻」が3ヶ月間を日記に残したものです

12月14日 

・・・・朝、銃の大きな音で目が覚めました。銃の音は立て続けにあり、

敵がわが庶民を射撃している模様です。

敵は三々五々、一群になって進行しているのが見えました。        

難民区以外では、日本兵が中国人を虐殺しているという話で、

見てきた人はそこは残酷でとても見られるものではないそうです。

しかし、難民区でも昨日から、日本兵の略奪が始まりました。      

16日 

・・・・今日は南京が日本軍によって陥落してから4日目になります。

敵の暴力はますますひどくなる一方です。

難民区内の住宅にも、敵は一日に必ず7~8回侵入してきて物を略奪していきます。

何も取るものがないときは、家を家捜しして家具を壊して帰ります。

午後崔さんがやって来て、「大使館員の乗った船が蕪湖で敵の攻撃を受け、鮑秘書が怪我をした」と

報告して行きました。

難民区の近くでは、毎日敵の攻撃を受け、家は焼き払われ、

夜になると敵の砲撃で焼かれた火の柱が空まで突いているのが見えます。

残酷な光景です。      

23日 

南京に侵略した敵は、まだ撤退していない中国軍が数万人南京の街に逃げ込んでいると見当をつけています。

だから、毎日捜索を続けて残忍な方法で便衣兵狩を行っています。

彼らは人間性のかけらもない殺人手段をもちいて、軍人か一般人かおかまいましに連れ去り、

縄で縛り銃剣を突き立て、ある時は刀で竹割りのように切り殺し、火で焼いたりして捜索を行っているのです。

なかでも、一番残酷なのは生き埋めにすることです。

悲壮な号泣は人間最後のあがきであり、その絶望の叫び声が空気を震わせてくると、

街の人たちは生き埋めの度に恐れています。・・・・

日本の獣兵はこれくらいでは満足せず、血なまぐさい手を休めることなく、

さらに徹底した捜査と殺人を行うために登録制度を思いついたのです。・・・・・

このような強盗の真似を文明国といわれる日本の軍隊がやっているのです。

恥ずかしくないのかと言ってやりたい。      

24日 

朝、敵がまたやって来ました。

大使館の車はもうすべて強奪してしまい、

日本兵は仕方なく奪った物を自動車の代わりにロバ、牛車、そして人力車に載せて帰っていきました。・・・・

徐青さんによると、

敵兵は徐さんから奪ったものを今度は徐さんに無理やり売りつけるという

信じられないことを平気でやったそうです。

まったく初耳のことばかり起こります。      

27日 

最近日本兵の暴力はますますひどくなっています。

昼も夜も見境なく放火、強奪、強姦、殺人・・・。

なんでもやりたい放題で、南京の街を中国人は誰も歩けなくなりました。・・・・      

28日 

大使館は日本兵によってもう何度も強奪にあい、

国際委員会と在南京の外国人が日本大使館に抗議をしたため

中島師団長から4人の憲兵が派遣されて調査されることになりました。

憲兵は大使館に来ると各部屋を見てまわり、

婦人を見ると卑屈な笑い顔で話しかけたり、タバコをねだったりしてたので

日本兵となんら変わるところがありません。

しかも、夜になると日本兵と同じように強奪行為に出たり、強姦する者もいます。

 

 

 

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