阿片政策

中国政府の禁止政策
記事専用プリント対応ページ

最終更新日:2014/05/28 16:23

阿片戦争(1840年~42年)後、世界的に阿片禁止の動きが高まり多くの条約が出来ました。

中国の清国政府は必死に阿片禁止政策をとりましたが、

各地の軍閥が力を持っていたためうまくいきませんでした。

その後南京に出来た中国国民政府は阿片に汚染された中国を建て直すために、

1935年に阿片禁煙5ケ年計画を設定しました。

内容  1 麻薬の即時禁止

      1 癒者(患者)の登録

      1 阿片販売と購入の禁止

      1 ケシ栽培の制限  (注: 医療用に使うため禁止までは出来ない)

この政策のもと、800以上の戒煙施設(治療更生施設)を作り、

1年で900人以上の死刑者を出すほどの取り締まりを行ないました。

その結果南京では、1937年に阿片を一掃していたと言われています。

          (東京裁判資料から)

しかし、日本軍が南京を占領した1938年からは日本の政策(?)で満州や蒙古から大量の阿片が持ち込まれ

再び阿片に汚染される事になってしまったのです。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ご意見・ご感想はこちらへ ※個人情報の取り扱いについて

お名前 (必須)

メールアドレス ※返信をご希望の方はご記入ください

メッセージ本文