阿片政策

関東州での阿片政策
記事専用プリント対応ページ

最終更新日:2014/03/01 11:10

日露戦争後の1905年、日本は中国の遼東半島先端部を租借して関東州を作りました。

関東州で、日本は当初阿片の輸入・製造・販売について個人許可制をとっていましたが、

1915年以降は大連宏済善堂という公益団体に許可を与えて輸入販売を行なわせました。

* 大連宏済善堂  1926年の「関東庁施政20年」によれば

支那人に対する唯一の救済機関にして

施療、育嬰、施棺、義葬、養老、救困の事業をおこなふを以て目的とし、

明治41年4月大連宏済彩票局総弁、劉兆億、協弁、郭学純等に依り

計画せられ関東都督の認可を得て設立したる公益法人・・・・

しかしこれは隠れ蓑で実際は、政府や軍がバックにいて組織した阿片販売の商社であることは間違いないでしょう。

上海ではそうであった証言があります。 (上海宏済善堂に関する証言 里見甫 東京裁判)

 

1924年には関東州阿片令が制定され、台湾のような阿片漸禁政策がとられ、

さらに1928年には関東庁専売局が大連に設置され、

阿片の輸入・販売を国が独占するようになるのです。

関東州は大消費国中国と接し、交通が頻繁な要所であるため、

政策のル-ズさと相まって大連は日本の麻薬密輸の中心地となっていきました。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ご意見・ご感想はこちらへ ※個人情報の取り扱いについて

お名前 (必須)

メールアドレス ※返信をご希望の方はご記入ください

メッセージ本文