阿片政策

朝鮮での阿片政策
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最終更新日:2014/03/01 11:10

1910年(明治43年)日本は朝鮮を併合しました。

朝鮮では中国との国境地帯で阿片の吸煙が盛んでした。

第一次世界大戦の頃、需要の伸びでケシの栽培が増えたため、

1919年には朝鮮阿片取締令を発布し製造を制限し、すべて政府に納入させることにしました。

日本の中国への侵略戦争が始まると、台湾や満州、中国での阿片専売制度を維持するために

朝鮮は原料阿片の供給地となって行きました。

特に1938年(昭和13年)から6年間には8,000ヘクタ-ルにケシが栽培され、

40,000Kgに近い生阿片が関東州、満州、台湾の各専売局に輸出されています。

又、製品としてはモルヒネ1,194Kg、ヘロイン2,791Kgが生産されています。

 

特にヘロインは1938年に1,244Kg、1939年に1,327Kgと2年間に集中して生産されています。

1929年から5年間の世界の年間総生産量の平均が2,097Kgですから、

朝鮮だけでも異常な量の生産と言うことになります。

(注: 資料不足のため同じ時期の比較ではないため、参考の数字です)

この膨大な量は中国各地へ輸出した生阿片以外の量です。

これらの用途については資料がありませんが、

日本政府が陰で操って中国各地へ密輸密売し利益を上げていった事は間違いないでしょう。

 

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