阿片政策

中国の日本人租界地での阿片
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最終更新日:2014/05/28 16:26

1898年(明治31年)以降、日本人が居留していた中国各地では密輸に依る阿片の被害が相当あったようです。

* 天津 関東庁事務官 藤原鉄太郎 「阿片制度調査報告」より

この地における取締まり、大連の如く厳重ならざるがゆえに、(注:大連でさえル-ズだったのですが)

密輸入の数量きわめて大なるものあるべしと信ぜらる。

天津に在住する日本人5千名、その七割はモルヒネその他の禁制品取引に関係を有するものなりという

薬種問屋はもとより、料理屋、雑貨屋ことごとく・・・・

皆モルヒネの現物大取引をなすという・・・・

居留地に於ける日本人の繁栄はモルヒネ取引の結果なり・・・・

居留地には現に煙館70軒あり、その他煙土(注:阿片)を販売する家100軒ありという。

* 天津 ラッセル・パシャ 国際連盟アヘン諮問委員会エジプト代表 (1937年会議議事録 東京裁判資料)

天津の日本人居留地は今や世界のヘロイン製造及びアヘンの喫煙の神経中枢として知られている。

洋行或いは外国商会名で経営されるアヘン或いはヘロイン魔窟はまさしく1000を超えている。

公然販売するホテル、店舗その他の建物が数百ある。

200以上のヘロイン製造所が面積4平方マイルにすぎない日本人居留地に散在している・・・・

新工場が毎日開設されている。

工場はまったく公然と稼業している。

世界における全非合法的白色麻薬の9割が日本製であって、

天津の日本人居留地、大連市内あるいはその周辺において、

あるいは満州、熱河および中国の他の諸都市において、

必ず日本人か日本人の管理のもとに製造されている。・・・・

中国民族のみならず、世界のすべての他の国々が弱体化され、

堕落させられるにはここから始まるのである。

* 上海   同上 報告より

上海は南方における禁制品輸入の関門にして、モルヒネその他の麻酔剤もまた多くこの地に集まる。

日本より輸入せらるる数量また多額に上がるべしと思惟すれども、正確なる統計を得る事能わず。

* 上海 岩村成允「支那におけるアヘン取締の実況」(中国の公使館、領事館に勤務)

(1928年の講演から)

モルヒネは近年ますます盛んになって参りまして、その集散地はやはり南は上海で、

北は大連に輸入して参り、これも多くはヨ-ロッパ方面の物産が多いようです。

日本の神戸に陸揚げされ、それから積替えて南方は上海、北方満州方面に分散されるものは、

ほとんど多くは大連に輸入されるという話であります。

 

明治以降、満州事変くらいまでは、阿片や麻薬の密造・密輸・密売は悪徳企業か不良日本人の非行であって、

日本政府や現地の日本軍は保護したり黙認していただけでした。(注: それでも問題ですが)

しかし満州事変以降は日本の国策として公然(?)と遂行するようになりました。

 

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