阿片政策

満州における麻薬の現地製造
記事専用プリント対応ページ

最終更新日:2014/03/01 11:12

 満州では当初ヘロイン等の麻薬は専売制度で密輸密売をしていましたが、すぐに現地生産に取り掛かりました。

* 山内三郎「麻薬と戦争-日中戦争の秘密兵器」から

                 1934年南満州製薬(株)」を作りヘロインの製造を行なった技師

大手製薬会社が、日本の国内で阿片を生産し、さらにヘロインを製造して、

製品を支那大陸に運んだのに対して、大正も末期になると、

大阪道修町の製薬業者などはヘロイン製造を支那現地でやる方法を取りはじめ、

数多くの技術者や工人が大陸に渡っていった。

現地で作られたものを売りさばく販売網としては、富山の薬売り行商人がこれに参加したのだった。

現地生産組みは、主に満州、北支那に腰をおろし、熱河産アヘンを原料としてヘロイン製造を開始した。・・・・

もちろん、ヘロインの生産は支那政府官憲の前では公然と行なえるものではない。・・・・

日本の薬業者が現地生産を始めた地域は、満州、北支という、日本軍駐屯地域内で、

日本軍を隠れ蓑にするどころか、充分な保護を得られるまったくの金城湯地だったのである。・・・・

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ご意見・ご感想はこちらへ ※個人情報の取り扱いについて

お名前 (必須)

メールアドレス ※返信をご希望の方はご記入ください

メッセージ本文