沖縄戦

沖縄守備軍の役割
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最終更新日:2014/05/29 16:42

前項でみたように日本の軍隊は国体すなわち天皇を守るために存在したのですから、

当然沖縄守備軍第32軍もその延長です。

サイパンやテニヤンを絶対防衛線と考えていた大本営は、その防衛線に出撃する為の基地作りを急ぎました。

その為に沖縄に17ケ所もの飛行場が建設されました。

しかしながら飛行機が不足していて飛行場を使わないうちに絶対防衛線が破られてしまいました。

サイパン島が玉砕したのです。

そうすると沖縄どころではなく日本本土が直接攻撃される恐れがあります。

大本営は本土決戦を覚悟し、その準備の時間をかせぐ為に沖縄に持久戦を指示したのです。

攻撃の戦争から守りの戦争に方針を変えたのです。

硫黄島と沖縄はアメリカ軍の攻撃にさらされて耐えるだけが使命となりました。

本土上陸を遅らせ準備を早め、出来るだけ敵を消耗させる。

そしてその後は戦争終結に向けていかに国体護持(天皇制を守る)をするか

その為の出血持久と捨石作戦でした。

沖縄決戦の時点では海も空もアメリカ軍に制圧されていましたから本土からの補給はありませんでした。

「現地持久」「一木一草戦力化すべし」の方針のもとに子どもから老人まで臨時戦力にかり集めました。

近代兵器のアメリカ軍に対して竹やりで前面に立たせたのです。

* 第32軍高級参謀 八原博道大佐の手記

第32軍は本土決戦を有利ならしむる如く行動すべきである。

すなわち戦略的には持久戦である。

・・・・沖縄につとめて多くの敵を牽制抑留し、かつ、つとめて多くの出血を敵に強要し、

しかも本土攻略の最も重要なる足場となる沖縄島をつとめて長く敵手に委せないことであった。

* 牛嶋満第32軍司令官の訓示  1944年8月31日   原文カナ

極力資材の節用増産貯蓄に努むると共に創意工夫を加えて現地物資を活用し

一木一草といえども之を戦力化すべし

* 報道宣伝防諜等に関する県民指導要綱    1944年11月18日 原文カナ

真に60万県民の総決起を促し、もって総力戦体制への移行を急速に推進し、

軍官民共生共死の一体化を具現化し、いかなる難局に遭遇するも、毅然として必勝道邁進するに至らしむ

* 長勇第32軍参謀長の談話      1945年1月27日 沖縄新報

・・・・戦場に不要の人間が居てはいかぬ。

まず速やかに老幼者は作戦の邪魔にならぬ安全な所へ移り住め・・・・

稼動能力のある者は「俺も真の戦兵なり」として自主的に国民義勇軍などを組織し、

この際個人の権利とか利害を超越して神州護持のため兵隊と同様全てを捧げることだ。

        注:軍の目的のために総動員し、犠牲を強制し、疎開名目で弱者を排除したのです。

* 学童疎開の目的     「沖縄教師の祈りとどけ」兼城賢松 から

      軍が学童を疎開させろ、と言い出したのは次のような理由からであった。

       1 学童を戦場から退去させて作戦を容易ならしめる

       1 孤島沖縄の持久戦のために、食糧の消費を少なくする

       1 徹底抗戦のための人的資源を確保しておく

 

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