三光作戦

粛清建設3ケ年計画
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最終更新日:2014/04/19 11:24

1941年に始まるこの計画は作戦主任の島貫武治中佐が立案したものです。

その骨子はまず北支那方面軍の担当地区を 治安地区 准治安地区 未治安地区の3地区に分けて、

3年かけて治安地区を増やしていこうとするものです。

そしてその為に徹底した粛清作戦をしたのです。

     治安地区   治安が確立し対日協力政権のみでも警備可能な地区

     准治安地区  治安は一応は安定しているが、ゲリラが活動するため日本軍が常駐している地区

     未治安地区  共産軍支配が強い解放区

 

  地区の目標

 

治安地区

准治安地区

未治安地区

1941年7月現在

10%

60%

30%

1941年度(第1年度)目標

20%

50%

30%

1942年度(第2年度)目標

40%

40%

20%

1943年度(第3年度)目標

70%

20%

10%

 わずか2年半あまりで、10%しかない治安地区を70%にしようとするのですから相当強引な作戦が行なわれました。

 

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