三光作戦

記録・証言
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最終更新日:2014/05/30 15:13

三光作戦に関わった日本側の資料を少し書きます。

全て当事者の資料です。

* 第一軍参謀長 田中隆吉少将の指示 1940年(独立混成第4旅団 第1期晋中作戦戦闘詳報)

原文カナ

目標線進出後反転して行なう作戦においては

徹底的に敵根拠地を燼滅掃討し敵をして将来生存する能はざるに至らしむ

* 燼滅目標及び方法  第1次晋中作戦履行実施要綱 より    原文カナ

       1 敵及び土民を仮装する敵   殺戮

       2 敵性ありと認むる住民中16歳以上60歳までの男子   殺戮

       3~5省略

       6 敵性部落   焼却

* 独立混成第4旅団 第2期晋中作戦戦闘詳報 より 1940年    原文カナ

8月以降連日の討伐及び粛清作戦により、

敵第18集団及び129師主力は徹底的にその根拠地を覆滅せられ

加うるに、我が徹底的な燼滅掃討によりその宿営地たる主要部落を焼却せられたる、

各軍事施設特に兵器工場火薬庫糧秣倉庫等を破壊せられたるをもって、

その活発なる行動は困難ならし・・・・

        将来の参考事項

1 燼滅を徹底せしむるため、各縦隊に工兵を附し、又爆薬、焔弾燃焼の資料の準備は絶対必要なり

2 燼滅に方り苦力等の掠奪強姦等軍紀を乱すものあり、厳に留意を要す

3 燼滅なるも重要書類の押収、敵の事情調査に有利と認める男女の生捕りは努むべきものなり

              (注: 生捕り以外は殺害したということです)

* 第27師団冀東東部地区隊長 鈴木啓久少将の回想 (戦争叢書 北支の治安戦 2)

1942年3月下旬、方面軍は八路支配地区を徹底的に隔絶するため、

図上で遮断戦を示してきたが、それは現地の実情を甚だ無視したものであった。

地区隊は本指示により、一連の壕とこれを火制する望楼を構築し、

八路軍の移動と物資の流通阻止に努めた。

この工事に動員した民衆は延べ60万人を超え、

農作物の収穫に少なからず損害を与えた。

・・・・方面軍はまた八路軍の根拠地である長城線に沿う地区を無住地帯にするように命じてきた。

地区隊は武力を用いて立ち退きを強制したが、

この処置は特に住民怨嗟の的となり「三光作戦」だとして八路軍に利用された。

* 上記 鈴木啓久少将の供述書 中国での軍事裁判 1952年分 原文カナ

9月下旬頃より12月までにわたり、

方面軍司令官岡村寧次の計画にもとづき師団長原田熊吉の命令により

八路軍の活動を阻止しあるいは殲滅する目的をもって

上幅4~5米、深さ2~3米の遮断壕及び付属望楼を左記の如き地線に構築しました。

その壕の全長約109キロで・・・・

* 支那駐屯歩兵第2連隊史(観音寺部隊誌) 1942年分

11月5日所命の期限に先立ちて師団の計画並びに地区対独自の計画に基づく工事その他の施策を完了せしが

遮断壕 245キロ その他の遮断線工事 74キロ、計319キロ、 框舎132箇、堡塁3箇、城塞18箇、関門2箇、

計155箇を構築し、以上の工事に要せし日数52日、作業人員延1,957,000人、

・・・・長期無住地帯76部落1,235戸、6,464人、一時無人部落28部落2,342戸、12,036人に達したり

 

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