尖閣諸島

領土の決め方
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最終更新日:2014/05/30 15:29

中国の領土だったとしても、証拠はありません。

当然自国の領土だと信じていただけかも知れません。

国際法もなければ国際連盟もなかったのです。

しかも非近代国家で強大な国だったならば、わざわざ「ここは私の土地です」などという必要もないでしょう。

まわりは全て弱小国ですから。

国際的に「無人島を発見して国が標杭を建てて世界に宣言した」と言う意味では日本領土なのかもしれません。

領土に関する国際法はとてもいい加減なものです。

昔は戦争(武力)で勝った国が領土を広げていく・・・それでよかったのです。

植民地主義の国家つまり帝国主義国家が中心で国際的な取決めを作っていたからです。

日本で言えば北海道、沖縄。南北アメリカ、アフリカ、東南アジアなどは力ずくで強国の領土にさせられました。

しかし近代になって戦争で領土を広げると言う考えから

「どこの国の実効支配もない無住地(無人島)を発見した場合、

先に発見した国が対外的に宣言をする、ということで領土にしてきました。

ただし国際的に宣言と言っても近代国家間だけのことです。

日本で言えば明治になって近代国家に仲間入りするために

「脱亜入欧」してから初めて国際感覚を持って宣言できたのです。

清国(中国)も朝鮮も琉球もアジアの殆どの国はまだ非近代国家でしたから、

近代国家から付け入られる隙があったのです。

注: 脱亜入欧  一刻も早くアジアから抜けて欧米諸国の仲間に入る。

  そうしないと侵略される可能性がある

つまり近代国家間だけで領土問題を認め合ってきたのです。

ですから現在の尖閣を巡る両国の主張と国民感情を理解するためには

まず歴史的事実はどうだったのかを考える必要があります。

日本では「歴史をさかのぼったらきりがない」と言います。

でもさかのぼれるだけさかのぼってみます。

前項目の下の図を見てください。

尖閣諸島と言うのは5つの島と3つの岩礁で出来ています。

日本の名前で言うと

  1. 魚釣島   2.大正島   3.久場島   4.北小島   5.南小島   6.沖の北岩   7.沖の南岩   8.飛瀬

これらの島々は無人島なので記録がありませんから歴史をさかのぼれないのです。

正式に記録があるのは中国が所有する航海日誌です。

 

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