大東亜共栄圏

ミクロネシア
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最終更新日:2014/05/10 10:35

小笠原諸島から赤道までの広大な面積を南洋諸島とかミクロネシアと呼んでいます。

その地域でグアム島はアメリカの、その他はドイツの植民地でした。

第1次世界大戦で日本はドイツに宣戦布告しグアム島を除くミクロネシア一帯を無血占領しました。

ベルサイユ条約の結果、南洋群島は日本の委任統治領、つまり実質的に植民地のようになったのです。

1914年の事です。

地域的にはマリワナ諸島、西カロリン諸島、東カロリン諸島、マ-シャル諸島で、非常に広大ですが、

陸地面積は少なく、2149平方キロメ-トルです。

その中で1番大きな島がサイパンです。

1922年には、日本の行政機関の「南洋庁」がパラオ諸島のコロ-ル島に出来て、

サイパン、ヤップ、トラック等6ケ所に支庁が作られました。

   * 南洋庁   日本の植民地では最後に出来た政府機構です。

朝鮮や台湾は格が上で総督府が出来、

庁は樺太庁、関東庁、南洋庁でした

   * サイパン  今でも日本からの観光客で賑わっていますが、

当時も2万人を越える日本人が住み、ガラパンは南洋の東京と呼ばれたそうです。

ガラパンには南洋庁支所、地方法院、郵便局、各種学校(実業高校や高等女学校も含む)等の

公共施設を始め、旅館、遊郭、百貨店、映画館、新聞社、銭湯、すし屋、豆腐屋・・・・まであり、

まさに日本の地方都市の様だといわれました。

   * 6ケ所の支庁区

パラオ支庁区

ヤップ支庁区

トラック支庁区

ポナペ支庁区

ヤル-ト支庁区

サイパン支庁区

第2次世界大戦が始まると日本軍はすぐにグアム島を占領しましたから

敗戦までは全地域を占領していた事になります。

 

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