大東亜共栄圏

グアム島とミリ環礁の事件
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最終更新日:2014/05/10 10:37

 人口約24,000人のグアム島に日本軍が侵攻したのは1841年12月10日です。

日本軍は陸軍が南海支隊(第55師団中心で部隊長は堀井富太郎少将)で、

海軍が第4艦隊(司令長官井上成美中将)中心の部隊でした。

日本軍はアメリカ人捕虜(軍人、看護婦、民間人)421人を、太平洋戦争捕虜第1号として日本本土に送りました。

その後、アメリカの反撃が始まる頃から日本軍による住民虐殺がおきています。

* 1944年7月15日~16日、日本軍はメリッソ村の住民46人をスパイ容疑で洞穴に入れ、

  手榴弾を投げ込んで虐殺した。

* フェナでは若い男女30人を洞穴に入れて銃殺した。

* 戦後、手足が切断された51体のしたいがジゴ地域で、

  首を斬られて頭のない30体の死体がチャキナ地域で発見された。

 

[ミリ環礁の事件]

   マーシャル諸島のミリ環礁は航空基地拠点として、

海軍第66警備隊(志賀正成大佐)と陸軍南洋第1支隊(大石千里大佐)主力が占領しました。

住民500人ほどの島々に、朝鮮人軍属を含め5,327人の日本兵が上陸したのです。

 

1945年になると住民、日本兵共に飢餓地獄に陥りました。

日本軍は朝鮮人軍属を殺して食べ「鯨の肉」と称して朝鮮人軍属にも与えました。

それを知った朝鮮人たちは、自分達も危ういと逃亡を決意し、3月1日未明に寝ている日本兵7人を殺しました。

しかし他の島から鎮圧部隊が派遣され、朝鮮人軍属40~60人が殺され、住民15人も銃殺されました。

 

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