大東亜共栄圏

敗戦時海外に残された日本人
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最終更新日:2015/03/28 10:16

侵略戦争をしていた日本は殖民地を持っていたわけですから、

当然のことながら多くの日本人が占領地や植民地に住んでいました。

在外民間法人は全部で約3,330,000人と言われています。

一番多くいたのは旧満州国の中国北部です。

旧満州や北方領土からの引き揚げ時の苦労が戦後多く語られています。

日本政府は日本本土が焼け野原となり食料も不足していたことから、

在外邦人はなるべく現地にとどまってほしいと思っていました。

*昭和20年8月31日、終戦処理会議決定

在外邦人ハ・・・・出来得ル限リ現地ニ於テ共存親和ノ実ヲ挙グベク忍苦努力スルヲ第一義タラシムル

しかし米軍としては早期にすべての日本人を早期送還する方針でいました。

 

終戦時海外にどのくらいの日本人が住んでいたがの一覧です。

南方は含まれていません。

地区   人数
樺太・千島 約38万人
旧満州 約155万人
北朝鮮 約27~28万人
南朝鮮 約43~44万人
中国本土 約50万人
台湾 約35万人

朝鮮半島は北と南に分かれています。

これは8月21日に内務省が「朝鮮半島の日本軍部武装解除後、38度線以北をソ連軍、以南を米軍が担当する」と

朝鮮総督府に打電したことによります。

これはまもなくソ連軍が38度線まで占領することが分かっていたからですが、

朝鮮戦争から現在に至るまで北と南を分けている38度線が出来たのきっかけは日本かも知れません。

 

 

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