中国人強制連行

移入の具体的実施に向けて
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最終更新日:2014/06/01 13:55

移入の手続きを大まかに言えば

1        企業は労働者の希望人数を厚生省に申し込む

2        厚生省は大東亜省に通知する

3        大東亜省は北京日本大使館に指示する

4        大使館は供出機関や日本軍に依頼し、集める(強制連行)

5        企業は募集金を支払い労務者を受け取り、各事業所で働かせる(強制労働)

6        金は現地日本軍に入る

   注:まるで奴隷の売買と同じ仕組みです

昭和17年11月、閣議決定の後に企画院第三部は「華北労働事情調査団」を組織します。

   * 華人労務者使用状況視察希望者リスト

 石炭統制会が各支部に出した、12月11日の極秘文書「華人労務者移入に関する件」より

       関係諸官庁   大東亜省・企画院・厚生省・内務省・商工省・・・・7官庁から各1名

       民間側統制会  石炭・鉱山・鉄鋼・土木等

       企業(20名)    鉱山-三井、三菱、他

               炭鉱-北海道、他

               港湾-新潟、伏木、他

視察団は12月19日に北京に向かいました。

中国側(現地の日本組織)担当者は華北労工協会、新民会、日本大使館労務課、華北運輸等、30名でした。

          注:新民会 1937年に出来た啓蒙思想団体、1940年には北支那方面軍の宣撫班と統合

   * 視察の結果は困難な見通しとなりました。

      ・ 華北の労働力不足に加え、食糧難と物価高騰で日本への移入困難

      ・ 同一資本系統の炭鉱より熟練工を出す事は、現地炭鉱側で難色、

 特に三井系の炭鉱では反対

     しかし、それでは困るということで次のようになりました。

      ・ 俘虜は作戦行動でいくらでもあつめられる。収容設備等にもよるが内地移入なら喜んで供出する。

     まずは少人数を1年間移入してみて、その結果で本格移入するという事に決まりました。

     そして1年後の次官会議決定になるのです。

 

この視察の結果を受けて、まともな手段では労務者を集められないとし、強制連行が始まったのです。

また、俘虜(捕虜)に付いては「ジュネ-ブ条約」加盟していたため、

元俘虜、元帰順兵という名称にして「元は捕虜や兵士だったが、

改心して良民になった」としたのです。

改心する場所として「俘虜収容所」「労工訓練所」が作られました。

注:ジュネ-ブ条約 捕虜の人道的取扱、捕虜酷使の禁止等の条約。

日本は調印はしたが、軍部の反対で批准できなかった。

第二次世界大戦が始まってから、連合国は日本人捕虜と抑留者にはジュネ-ブ条約を守るので、

日本にも守るよう求めてきた。

1942年1月陸軍省が了解したので日本もジュネ-ブ条約を守ることを発表した。

 

 

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