中国人強制連行

企業に対する裁判
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最終更新日:2014/06/01 14:49

 鹿島花岡作業所で働かされた中国人や、北海道の山中を逃げ回った劉連仁さんは、

日本政府や企業を相手に裁判を起こしていますが、その後も提訴は続きます。

   * 1997年9月18日、42名の中国人が国と企業9社を相手に裁判を起こしました。

       (株)間組に対して        8名

       古河機械金属(株)に対して      3名

       西松建設(株)に対して      5名

       宇部興産(株)に対して      1名

       同和鉱業(株)に対して      7名

       日鉄鉱業(株)に対して      3名

       飛島建設(株)に対して      4名

       (株)ジャパンエナジ-に対して  3名  注:日本鉱業のこと

       三菱マテリアル(株)に対して     8名  注:三菱鉱業のこと

     (訴えの内容)

1      マスコミに謝罪広告を出すこと。

   朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞、日本経済新聞、その他中国紙

2      一人2000万円の賠償金の請求

3      未払い賃金の支払い

     (訴状にみる作業の実体)

       間組に対する裁判の訴状から抜粋しました。訴えている中国人は8名です。

           李万忠 1926年生まれ          未払い賃金の請求額  2,405円

           宋樹芝 1921年生まれ            同上       2,375円

           許徳明 1920年生まれ            同上       2,375円

           何成彦 1919年生まれ            同上       2,375円

           李樹槐 1931年生まれ 連行当時12歳      同上       2,045円

                 以下省略

移送:300人から400人の中国人は貨物船の一番底の船倉に詰込まれた。

 座らされたままの状態で輸送された。

 船中の食事 は糠の団子を1日2食支給されるだけである。

 衛生状態も悪く、身体中に虱がわいていた。

 船中で病気になるものや死亡するものが出た。

 病人に対しては何の処置もせず、そのまま放置された。

 死亡者については死体を海の中に放り投げて処理をしていた。

労働:水力発電所建設の為のトンネルを作る仕事に従事した。

 昼夜の2交代制で12時間労働だった。

 ノルマが課せられ達成できないと暴力による制裁を受けた。

 休憩も一切許されず、高熱が出ても殴る蹴るの制裁を受けた。

 暴力は日常茶飯事だった。

 落盤事故で怪我をしても暴力を受けた。

宿舎:床は木の板が敷かれ、寝具も支給されず、設備らしい設備は一切なかった。

 詰込まれて横になって練ることが出来ず、膝を曲げて寝るしかなかった。

 屋根は1枚渡してあるだけで、雨が降ると雨漏りが激しく、昼間は屋根から日差しが当り、

 冬には中に雪が舞い込んだ。

 服も寝具も支給されなかったので、冬は身を寄せ合って体温で寝た。

 外には巡査が常駐し監視していた。

被服:着ていた服は日本に来る時にはボロボロになっていた。桑の木の皮で作った服が支給された。

 ひどい服だった。

 布製の服は一切支給されず夏に褌が1枚支給されただけだった。

 事業所に落ちている紙や麻袋を拾い上げて着用した。

食料:1日3食あったが、内容はコウリャンと糠で作った饅頭を2ケ支給されただけだった。

 飢えをしぐため雑草を食べた。

 ほとんどが栄養失調だった。

 水の支給は一切なく雨水や作業場の流水を飲んだ。

衛生:入浴は一度も許されなかった。

 蚤や虱で皮膚病が続出したが医療はなかった。

 怪我や病気でも暴力を受けて無理やり働かせられた。

監禁:耐えかねて逃亡しても失敗した。

 捕まった時は仲間の前で見せしめに虐殺された。

 その内逃亡もしなくなった。

賃金:労働条件の話など聞いた事もない。

 賃金は一度も貰った事がない。

 通牒に預金されたこともない。

 本国への送還時にもその後でも貰っていない。

                 注:訴状では1日5円として労働日数分の請求をしています。

 

* 1997年12月22日、長野県に連行された7名の中国人が訴えを起こしました。

      長野県へは延べ3,700人位の中国人が連行されています。

      被告は国、間組、飛島組、鹿島建設、大成建設です。

      請求内容は前記訴訟とほとんど同じなので省略します。

   * 1998年1月16日、広島地裁に5名が西松建設を提訴

   * 1998年8月14日、京都地裁に6名が日本冶金と国を提訴

 

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