中国人強制連行

始めに
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最終更新日:2014/06/01 13:34

このレポートは1999年9月に書いたものです。若干の手直しをしました。

世界中どの戦争でも似たり寄ったりかも知れませんが強制連行や強制労働が行なわれます。

日本でも戦争中は中国・朝鮮・東南アジアで強制連行、強制労働が行なわれました。

特に侵略地中国では当然の事ながら激しい強制連行が行なわれました。

連行して強制労働をさせた先は地元中国、満州国、日本でした。

ここでは中国人の日本への強制連行を取り上げます。

戦後長いこと、日本政府は「強制連行や強制労働に関しては、

はっきりとした証拠や資料が残っていないので補償等は出来ない」とする立場を取ってきました。

* 1960年5月3日、日米安全保障条約等特別委員会での 伊関アジア局長答弁

昭和21年の3月に、外務省管理局において、そういう調書の作成をいたしたそうでございますが、

そういう調書がございますと、戦犯裁判の資料に使われて

非常に多数の人に迷惑をかけるのではないかということで、

全部焼却いたしたそうでありまして、現在外務省としては、

そうした資料を一部も持っておらない次第でございます・・・・

* 1960年5月6日 岸信介首相の答弁

戦争中わが国に渡来した中国人労務者が国際法上の捕虜に該当するか否かについては、

当時の詳細な事情が必ずしも判明しないので、いずれとも断定し得ない

伊関アジア局長の答弁で黄色線を引いた「外務省の調書・資料」というものがあります。

日本の外務省が自ら調査した中国人強制連行の資料があったのです。

そして戦犯問題の資料に使われる事を懸念してせっかく作った資料を焼却処分にしてしまったのです。

つまり証拠隠滅です。

実はこの「外務省報告書」の焼却し損なった1部が東京華僑総会に持ち込まれていました。

華僑総会でこの資料をもとに遺骨の発掘や労働者の中国への送還運動をしていました。

この報告書は「外務省管理局」と印刷されているにもかかわらず、日本政府は本物と認めませんでした。

そのため前記の答弁になったのです。

その後30年以上経った1992年、アメリカ国立公文書館で戦争中の日本軍資料が色々発見され、

その中に「外務省報告書」が1部含まれていたのです。

その結果1994年6月、日本政府はそれらの報告書を本物と確認し、

中国人強制連行の事実をやっと承認したのです。

戦争が終わって50年近く政府は隠し続けたのです。

一般国民が知らなかったのは当然でしょう。

 

 

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