日本の毒ガス戦

始めに
記事専用プリント対応ページ

最終更新日:2015/04/25 9:27

このレポートは基本は1997年9月に書いたものです。

その後大幅に加筆しました。

 

1997年4月に世界毒ガス条約が発足しました。

 

日本は敗戦後連合国から追及されなかった戦争責任が沢山あります。

その中の一つに毒ガスのことがあります。

日本軍の毒ガス使用は主として中国大陸で行われ、

太平洋戦争の時期に入ってからは、連合国軍からの報復を恐れてか毒ガスの使用を中止しています。

その為アメリカ中心の極東裁判では毒ガスの事は明るみに出なかったのだろうと思われます。

と言うことは戦後の日本人も知らないということです。

この問題も私たちの歴史認識の問題につながる事です。

 

戦争は本来あってはならないことですが、現実には歴史は戦争の連続です。

刀や弓矢で戦う単純な時代から、近代では工業の進歩で格段に多くの戦争手段が考案されました。

その中で最も残酷な攻撃手段として恐れられた方法があります。

いわゆるABC兵器と言われるものです。

     A:Atomic 原子爆弾   B:Biology 生物細菌兵器   C:Chemical 化学兵器(毒ガス)

1899年と1907年の宣言や条約で毒ガス兵器の使用は禁止されていました。

第一次大戦でドイツが大量に毒ガスをした事が問題になり、さらなる禁止強化が世界で進んできました。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ご意見・ご感想はこちらへ ※個人情報の取り扱いについて

お名前 (必須)

メールアドレス ※返信をご希望の方はご記入ください

メッセージ本文