日本の毒ガス戦

山西省の毒ガス使用例
記事専用プリント対応ページ

最終更新日:2015/07/11 12:13

毒ガスを使用した地点の分布をみると圧倒的に山西省が多くなっています。

そこで山西省だけを見てみます。

現存する日本側資料で山西省のみで使われた毒ガスの一覧表があります。

色々な資料から集めたものです。

「中国山西省における日本軍の毒ガス戦」から

*  現存する日本軍資料からみた山西省における化学兵器の使用量

   資料名

使用した化学兵器の種類と使用量

歩兵第21連隊

「太原付近戦闘詳報」

1937年11月3日~1937年11月9日

89式催涙筒丙・特種弾若干

第1軍参謀部

「第1軍機密作戦日誌」巻19、1938年

7月6日特種発煙筒7,000本

陸軍習志野学校

「支那事変に於ける化学戦例証集」

 1942年、戦例11(1938年)

第1軍参謀部

「第1軍機密作戦日誌」巻19、1938年

7月7日特種発煙筒3,000本

歩兵第224連隊

「高平作戦第2期戦闘詳報」

1940年1月11日~1940年1月16日

迫撃砲赤弾13発

歩兵第224連隊第3大隊

「春季晋南作戦戦闘詳報」

1940年4月1日~1940年5月8日

赤筒2本

歩兵第224連隊第3大隊

「晋南反撃作戦戦闘詳報」

1940年5月20日~1940年6月9日

赤筒25本

歩兵第224連隊第9中隊

「好地窊北側付近戦闘詳報」

1940年6月3日

イタケ弾25発で「撒毒」

歩兵第224連隊第2大隊

「第1期晋中作戦戦闘詳報」

1940年8月30日~1940年9月15日

94式山砲ア弾(あか弾)62発

94式山砲キ弾(きい弾)47発

独立混成第4旅団

94式山砲特種弾13発

94式山砲軽迫撃砲あか弾43発

第36師団

「小戦例集(第1輯)1942年12月

1940年9月11日あか弾使用

(数量不明)

歩兵第224連隊堀江集成大隊

「白羊泉河及柳口付近の戦闘詳報」

1940年11月19日~1940年11月21日

迫撃砲黄弾18発

迫撃砲赤弾4発

歩兵第224連隊第2大隊

「南境掃討作戦戦闘詳報」

1940年12月21日~1940年12月29日

山砲特種弾8発

迫撃砲あか弾51発

迫撃砲イマツ弾18発

歩兵第224連隊鈴木集成大隊

「澤州南境掃討作戦戦闘詳報」

1940年12月21日~1940年12月29日

山砲あか弾12発

歩兵第224連隊第1大隊

「中原会戦戦闘詳報」

1941年5月4日~1941年6月11日

93式あ筒(あか筒)30本

97式あ筒(あか筒)15本

98式あ筒(あか筒)25本

歩兵第224連隊第3大隊

「中原会戦戦闘詳報」

1941年5月5日~1941年6月15日

97式あ筒(あか筒)10本

98式あ筒(あか筒)20本

陸軍習志野学校

「支那事変における化学戦例証集」

1942年、戦例21(1942年)

きい剤300キログラム

歩兵第224連隊第3大隊

「晋冀予辺区作戦戦闘詳報 其三」

1942年4月5日~1942年6月4日

98式あ筒(あか筒)23本

みどり筒12本

 

現存する資料でしかも山西省だけの資料だけでこれだけあります。

 もうひとつ豊田雅幸氏の「中国側資料から見た山西省における毒ガス戦」という論文の中に

「山西省における毒ガス使用一覧があります。

これも多くの資料を集めて整理したものです。

報告には301番まで番号がつけられています。

山西省だけもわかる範囲で301回の毒ガス事例があると言うことです。

部隊名が分かるものだけを少しだけ表に整理しました。

No.

年月日

県.市

地名

部隊

内容

2

1937.10上旬

原平市

原平県城

第2師団

第30連隊

抗日軍と一般住民に1発の毒ガス弾を

投げ込んだ

9

1938.4

忻州市

平社村

第109師団

第107連隊

八路軍に毒ガス弾と榴散弾を使用、

11名殺害

12

1938.4.18

武郷県

東南

苫米地旅団

第117連隊

八路軍129支師にくしゃみ性ガスを使用

14

1938.5

垣曲権

垣曲付近

第20師団

第80連隊

中国軍陣地に催涙性毒ガス弾を

使用、30余名殺害

26

1938.6.末~

中陽県

離石県

 

第109師団小崎部隊

戦闘中に催涙弾を使用

28

1938.7.初旬

離石県

金楽鎮

第109師団

第136連隊

八路軍陣地にあか筒30発射、

約200名死亡

29

1938.7.初旬

定襄県

県城付近

第109師団

第107連隊

第109連隊

窒素性.催涙性・くしゃみ性ガス弾と

榴弾100発以上使用

兵士100名、農民20名死亡

34

1938.7.5

曲沃県

盈村

南下張

第20師団

中国軍陣地に毒ガス弾390発使用

毒化区域を造成

41

1938.7.16

   (23)

夏県

大台村

第30師団

第78連隊

戦闘中大量の毒ガス使用、

中毒者多数

46

1938.8.中旬

天鎮県

西南付近の村

独立混成第2旅団

毒ガス弾使用で兵士と住民

            200名以上死亡

48

1938.8.中旬

~9月中旬

代県

 

第11師団

第11連隊

2発の催涙性毒ガス弾使用

63

1938.11.中旬

霊丘県

買庄村

付近

駐蒙軍第2旅団

          第5大隊

戦闘で窒息性毒ガス弾4発使用

64

1938.11.17

霊丘県

義泉嶺村

義泉嶺警備隊

あか筒9発使用、被害多数

67

1938.12

霊丘県

霊丘~平型関

独立混成第2旅団

           第5大隊

戦闘中20発の毒ガス弾使用

80

1939.1.30

遼県

 

第8旅団一部

大量の毒ガス使用

82

1939.1.下旬

霊丘県

 

独立混成第2旅団

           第5大隊

催涙性ガス弾2発使用

112

1939.5

平陸県

県城

第20師団

第80連隊

4000個の毒」ガスを使用、

「敵の遺棄死体2000名以上と戦果報告

120

1939.5.14

繁峙県

神堂堡

第3旅団

1個大隊

中国軍に包囲されたとき

大量に毒ガス弾を使い脱出

126

1939.7.6

曲沃県

門前村

野戦銃砲第6連隊

              第2大隊

敵陣地に窒息性毒ガス弾を使用

136

1939.9.25

長子県

尭廟山

第20師団

岩切連隊

大量の催涙性ガス弾を使用

146

1939.12.5

聞喜県

文峰山

野戦銃砲第6連隊

梅弾(催涙ガス)50発、

竹弾(窒息性ガス)50発を使用

154

1940.1.7

壷関県

 

第36師団

第223連隊

敵陣地に特種発煙筒3発使用

157

1940.2

翼城県

儀門村

第41師団

山砲41連隊

山砲でくしゃみ性毒ガス弾8発

村民500名気管障害

172

1940.5.下旬

岢嵐県

城外北山

独立混成第3旅団

小型催涙性毒ガス弾3発使用

175

1940.6.18

娄煩県

米峪鎮

第9混成旅団

大量の毒ガスを使用

186

1940.8.下旬

河津県

上嶺付近

第41師団

山砲41連隊

びらん性毒ガス弾を800発使用

201

1940.10.

       下旬

寧武県

上瑶村

独立混成第3旅団

毒ガス弾12発、煙幕弾20発使用

212

1941.4.10、

          12

孟県

西煙村

独立混成第11旅団

西煙村の井戸に毒を流した

213

1941.5.上旬

臨晋県

永済県

 

第37師団

第225連隊

山砲で90発の榴弾と30発の

「あか筒」を使用

232

1941.10.

浮山県

南孔灘

付近の村

第41師団山砲

            第41連隊

坑道に赤弾2発発射、

256

1942.6.12

河津県

閻家潤

井上部隊

くしゃみ性毒ガス弾20発以上発射

259

1942.7.11

孝義県

孝義

独立混成第4旅団

窒息性ガスを使用

260

1942.7.24

郷寧県

三門村

第69師団

若松隊

38式山砲で窒息性ガス弾20発以上発射

263

1942.8.19

霊丘県

古之山

第69師団

独立歩兵85大隊

農民に毒ガス弾2発発射

283

1943.6.29

夏県

史家灘

第37師団

第26連隊

75山砲でびらん性毒ガス弾20発射

300

1942.8.23

汾陽県

県城

第114師団

第201大隊

解放軍に毒ガス使用、30人以上死傷

この様な毒ガス使用が301回も報告されています。

最後は1945年8月23日です。

戦争終結後も毒ガスを使用していたのです。

 山西省の地図を掲載します。

   *山西省における日本軍の毒ガス使用地点および調査地点

SCN_0089 山西省の毒ガス

 

 

 

タグ:

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ご意見・ご感想はこちらへ ※個人情報の取り扱いについて

お名前 (必須)

メールアドレス ※返信をご希望の方はご記入ください

メッセージ本文