日本の毒ガス戦

広島での毒ガス処理
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最終更新日:2015/08/08 9:33

日本の敗戦後すぐに占領軍は全国に進駐しました。

広島県はアメリカ太平洋陸軍第10軍第41師団が担当しました。

最近広島大学石田雅春助教が発見したアメリカ軍資料があります。

吉川弘文館「日本歴史」2014年8月号に論文から引用します。

各部隊の調査の過程で大久野島や忠海での毒ガス情報をつかんだ第41師団は

昭和20年12月26日に化学兵器の集積一覧表を作りました。

*大久野島・忠海地区の化学兵器及び化学戦資材一覧

米軍代41師団司令部化学班まとめ  昭和21年1月末現在

当該地区の関係地図と照らし合わせると分かりやすいと思います。

 

SCN_0088 毒ガス処理の島

 

 

所在地

品名

数量

処置

忠海

 

 

94式大発煙筒

6,735個

廃棄

94式水上発煙筒

35,949個

廃棄

94式小発煙筒

207,210個

廃棄

94式代用発煙筒

245,220個

廃棄

97式信号用発煙筒

9,156個

廃棄

97式発煙筒

11,020個

廃棄

89式催涙筒

141,630個

未廃棄

89式催涙棒

141,072個

 〃

擬似イペリット

191,906ガロン

廃棄

99式発射発煙筒

542,389個

99式大あか筒

8,339個

未廃棄

93式特殊発煙筒

1,670個

 〃

98式小あか筒

29,953個

 〃

100式小あか筒

45,814個

 〃

100式中あか筒

17,460個

 〃

98式中あか筒

7,210個

 〃

1式大あか筒

798個

 〃

94式水上発煙筒用ゴム製浮袋

55,000個

廃棄

大久野島

 

 

94式水上発煙筒

14,485個

廃棄

94式大発煙筒

3,364個

 〃

Striker Head for Smoke Candle

3,400個

 〃

シアン化ナトリウム(青酸ソーダ)

391トン

廃棄・引渡し

ヨウ化カリウム

0.357トン

引渡し

チオジグリコ-ル

113トン

廃棄

アルコ-ル

4,410ガロン

引渡し

ヘキサクロロフィン

60トン

廃棄

ベンゼン

3トン

引渡し

酸化亜鉛

10トン

廃棄・引渡し

粉末状亜鉛

8トン

廃棄・引渡し

セルロイド

140トン

廃棄

シアン化水素(ちゃ1号)

15トン

引渡し

ルイサイト(きい2号、貯蔵タンク入)

840トン

未廃棄

ルイサイト(きい2号、ドラム缶入)

70トン

 〃

イペリット(きい1号甲、貯蔵タンク入)

430トン

 〃

イペリット(きい1号乙、貯蔵タンク入)

150トン

 〃

イペリット(きい1号丙、貯蔵タンク入)

620トン

 〃

ジフェニ-ルシアノアルシン(あか1号)

1,035トン

 〃

クロロアセトフェノン(みどり1号)

7トン

 〃

亜ヒ酸

106トン

引渡し

塩酸

28トン

引渡し

硝酸

22トン

引渡し

トルエン

47トン

引渡し

硫酸

154トン

引渡し

アセトン

4トン

引渡し

ナフタレン

15トン

引渡し

シアン化水素用シリンダ-(空容器)

6,300個

未廃棄

ルイサイト用ドラム缶(空容器)

200個

未廃棄

イペリット用ドラム缶(空容器)

1,850個

未廃棄

炭酸カルシウム

12トン

未廃棄

プロピレングリコ-ル

3トン

未廃棄

炭酸カルシウム

38トン

引渡し

二硫化炭素

0.5トン

引渡し

Pyro Sodium Sulfide

12トン

引渡し

水酸化ナトリウム

32トン

未廃棄

ジフェニルアルシン

57トン

未廃棄

阿波島

 

 

99式あか筒

2,919個

未廃棄

1式大あか筒

33,166個

 〃

98式中あか筒

420個

 〃

100式中あか筒

46,640個

 〃

98式小あか筒

44,650個

 〃

100式発射あか筒

3,529,994個

 〃

大三島

 

クロロアセトフェノン(みどり1号)

7トン

未廃棄

ジフェニルシアノアルシン(あか1号)

595トン

これらの調査の結果アメリカ軍は第58化学戦総合中隊を現地に派遣し廃棄作業に取り掛かりました。

上記の表で廃棄とされているものです。

次の表が廃棄した一覧ですが、数え方の違いや表記の違いがあるため必ずしも一致していません。

*廃棄された化学兵器および化学戦資材一覧

1945年11月12日~24日

第58化学戦総合中隊

所在地

品名

数量

忠海

 

 

94式大発煙筒(1箱1個入)

3,506個

94式水上発煙筒(1箱3個入)

8,817個

三式手榴弾(1箱30個入)

11,790個

発煙筒(形式不明)

232,456缶

大久野島

 

 

 

94式水上発煙筒(1箱3個入)

14,485個

94式大発煙筒(1箱1個入)

3,634個

発射発煙筒(大型発煙筒用と推定)

3,400個

六塩化エタン

60トン

粉末状亜鉛

7.5トン

塩化亜鉛

10トン

水上発煙筒用ゴム製浮袋

55,000個

チオジグリコ-ル

84トン

シアン化ナトリウム(青酸ソーダ)

33.4トン

廃棄に関しては危険性も考慮し無難で廃棄しやすいものから廃棄したようです。

しかしシアン化ナトリウム(青酸ソーダ)などの毒物も廃棄されています。

その証言があります。

*  元所長 山中峰次氏の証言

進駐軍は青酸カリ(ソ-ダ)が手軽く扱えたから、

先ず投棄した時の海面は真っ白くなる程魚が死亡して浮いた。

兵隊連中は面白がって次々に投棄した。その数は数千トンと思う。・・・・

進駐軍の内■■は島の5浬以内の海域に投棄すると申しておった・・・・

以上は日本陸軍の毒ガスですが、広島では海軍の毒ガスもアメリカ軍第41師団によって発見されています。

*川上地区(現在 東広島市八本松)     イ

ペリット充填の60キロ爆弾  6,382発 (海軍倉庫から発見)

アメリカ軍は海中投棄を計画するが最終的に実行せずに

英連邦軍に引き渡されたと思われる

*切串地区(現在 江田島市)

イペリット充填の60キロ爆弾  4,810発

12月23日に豊後水道南側に海中投棄されたと思われる。

その後12月26日に再び別の毒ガス弾が発見されました。

イペリット充填の60キロ爆弾  1,548発

これは投棄が間に合わず英連邦軍に引き継がれたようです。

*日之浦地区(現在 呉市安浦)

イペリット充填の60キロ爆弾  6,655発 (安浦海兵団施設から発見)

廃棄は見送られた

その後アメリカ軍41師団は1945年12月31日に動員解除となり

第58化学戦総合中隊も翌年1月に撤退しました。

 

その後を引き継いだのは英連邦軍(オ-ストラリア軍)です。

米国軍、英国連邦軍と日本政府は協力して処理は進みました。

おそらく東京裁判で取り上げられないよう秘密に処理する事に、米国も英国も協力したものと思われます。

1946年5月から1947年5月にかけて英連邦軍・帝国人絹㈱三原工場が協力して廃棄処理が始まりました。

危険な作業の中で設備や関連物資は焼却し、

爆弾200,000発を現地に埋設し、毒性の強いイペリットやルイサイトは

数回に分けて海中投棄されています。

 

 

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