防疫給水部(細菌戦部隊)

ソ連の天皇引渡し要求
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最終更新日:2014/10/11 17:00

1947年に石井四郎の訊問に失敗したソ連ですが、

ハバロフスクの軍事裁判の結果確証をえたのでしょうか

改めて容疑者の調査を要求してきました。
1950年2月1日突然ソ連は、天皇及び数名の日本軍高官を、

細菌化学戦争の計画立案に関わった罪で「追加戦犯」として

東京裁判に出すことを求める覚書をアメリカ政府に手渡しました。

アメリカはこれを無視しましたが、ソ連は関係国にも要請を再三繰りかえしました。

日本の外務省は翌3月に「新憲法の下でいまや天皇制が

超国家主義や軍国主義に利用されるおそれはなくなった」ことを強調する文書準備しました。

1951年に講和交渉が始まると

日本側はアメリカに草案に「戦争犯罪に関するあらたな訴追を終了する」ように訴え、

そして天皇の戦犯は免れました。

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