軍による性暴力

慰安所の場所と数
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最終更新日:2014/05/05 9:35

軍が管理した慰安所でさえ正確な資料はありません。

それは敗戦時に政府や軍が徹底的に焼却して証拠を隠滅したことと、

戦後日本政府が警察・自治省・防衛庁・外務省・厚生省・・・等の資料を公開していないからです。

ですから臨時の強姦所となると当然ながら資料はありません。

民間で発掘したわずかな公文書類の資料が中心になります。

* 現在までに(2004年)発見された公文書で確認された、慰安所があった地域は下記の通りです。

中国  香港  マカオ  フランス領インドシナ  フィリピン  マレ-  シンガポ-ル

英国領ボルネオ  オランダ領インド  ビルマ  タイ  東部ニュ-ギニア  沖縄諸島

小笠原諸島  北海道  千島列島  樺太  日本国内

    判明しているが未確認なところ

太平洋のトラック島  コロ-ル島  サイパン島  グアム島  ニコバル諸島

 

要するに日本の軍隊がいたところには全て慰安所があったということです。

一番調査が進んでいる沖縄では、あの狭い島に126ケ所から131ケ所の慰安所がありました。

1994年2月現在

 

いくら慰安所を作っても足りないので、1942年に慰安所を追加設置する事も計画されています。

* 陸軍省課長会報 倉本敬次郎恩賞課長の発言 1943年9月3日

      将校以下の慰安施設を次のように作りたり

        華北100、華中140、華南40、南方100、南海10、樺太10 合計400ケ所

          注:従来からあった慰安所の追加分です

 

「中国の例」

   戦争の期間が一番長かったのですから、当然慰安所も多かったと思われますが、

その割にはあまり分かっていません。

断片的に整理された資料を書いてみます。

* 1999年までの調査で確認された数

(中国慰安婦研究中心の調査、代表上海師範大学蘇教授)

      慰安所があった省市 21地域 (件数ではなく地域です)

      慰安所の数  数千から万

         上海 82ケ所(注:その後の調査で114ケ所に増えている)

         武漢 40~50ケ所

         南京 50ケ所

           南京で判明している慰安所の名前

大華楼慰安所、共楽慰安所、東雲慰安所、浪花慰安所、菊華館慰安所、青南慰安所、

満月慰安所、鼓楼慰安所、人民慰安所、皇軍慰安所、日華親善館、故郷楼慰安所、浪速慰安所

   以下省略

      1ケ所の慰安所にいた女性の数  1人から数百人

      慰安婦の現在の生存者 100名以上

 

* 1938年末から39年始めまでの慰安所と慰安婦の数 (吉見義明氏の調査)

      上海 陸軍慰安婦 300人

         海軍慰安所   7ケ所

      杭州 軍慰安所    4軒  慰安婦 36名

      九江 軍慰安所  24軒  慰安婦250名(朝鮮人143名、日本人107名)

      蕪湖 軍慰安所    6軒  慰安婦70名(朝鮮人22名、日本人48名)

      武漢 軍慰安所  20軒  芸妓、娼妓、酌婦等395名(全部が慰安婦とは言えない)

      南昌 軍慰安所  11軒  慰安婦111名(朝鮮人100名、日本人11名)

      鎮江 軍慰安所    8軒

      揚州・丹陽 軍慰安所 各1軒

       注:この資料は日本の公的機関の在留邦人統計のため、

      中国人慰安所や直営慰安所は含まれません。

 

* 華北・内モンゴルの慰安婦の数      1939年7月1日 北支警務部「法人職業別人口統計表」から

                        植民地の朝鮮人・台湾人の数を含みます。

      天津1204名、 北京1185名、 青島910名、 斉南801名、 石家荘734名、 太原724名

      張家口425名、 臨汾297名、 徐州235名、 他役40ケ所で計8931名

        注:この人数の全部が慰安婦とは限りません

 

* 次の図は中国のどこに慰安所があったのかと言う地図です。元の図が少し曲ってるで見づらいかもしれません。

SCN_0065

 

 

* 最近の調査で中国雲南省西部の拉孟に慰安所があった事が分かりました。

   ここは日本のビルマ方面軍がビルマ全土を占領し、ビルマ領から中国に侵攻した僻地で、

   中国の雲南遠征軍によって日本軍が全滅した場所です。

     日本軍の後方基地と陣地があった場所

  芒市  龍陵  松山  騰衝

         慰安所の数   23軒

         慰安婦の国籍  日本人  朝鮮人  中国人  タイ人

 

「その他の地区」

* マレ-半島 資料では開戦直後の1942年にタイのハジャイとシンゴラに慰安所が出来たのが最初で、

   現在までに調査で確認出来たのは30都市にのぼっています。

   1つの都市に何軒も慰安所はあります。

 

* フィリピン 資料に出てくる最初の慰安所は1942年5月12日、パナイ島イロイロの慰安所です。

                                  (吉見義明氏の調査)

          マニラ地区だけで

               下士官・兵用    17軒

               将校・上級官吏用    4軒

               慰安婦の数     1064名

 

* ビルマ   森川真智子氏の調査  1999年12月7日 朝日新聞から

          所在が確認された地域 55ケ所(建物35、跡地20)

           1つあたりの軒数 ラング-ン7  ラショ-4  メーミョ3  ミ-トキ-ナ3

                    シュエボ4  モ-ルメン3  ベグ-3  メイクテ-ラ3

                    マンダレ-9

 

* インドネシア 資料が少ないのですが、南部セレベスには慰安所23軒、慰安婦が222人が分かっています。

 

 

慰安婦がどこにどの様な形で存在したのかは公式な記録がない以上、

わずかに残っている断片的な資料や証言から整理するしかありません。

 

* 次の図は東南アジアの慰安所の場所です。

SCN_0066

 

 

次は先ほどの中国と東南アジアに日本も含めた参考の地図です。

少し重複しますが参考までに掲載します。

 

SCN_0064

最後は沖縄の慰安所です。

狭い沖縄のこれだけの慰安所がありました。

 

SCN_0063

沖縄では1994年までに確認された軍の慰安所は、延べ130ケ所です

 

 

 

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