軍による性暴力

敗戦時の慰安婦の処遇
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最終更新日:2014/05/05 13:09

敗戦の後慰安婦たちがどの様に扱われたのか・・・・色々なケ-スがあります。

1 指揮系統がしっかり保たれていた部隊では、兵隊たちと一緒に連合軍の捕虜収容所に入れられ、

  半年か1年位でそれぞれの国へ帰国しました。

  日本人、朝鮮人、台湾人の一部です。

  しかし女性として恥ずべき人生を送ったとして(自らではなく日本軍に強制されたのですが)、

  国へ帰らず現地や日本に残った人も沢山います。

注:連合軍が慰安婦の名簿を作成しましたが、朝鮮人の場合は「創氏改名」があったため、

なかなか正確には把握出 来ませんでした。

タイでは1,500人が帰国させられたとの記録があります。

2   日本軍が全滅した地域では一緒に死亡しています。特に東南アジアで多かったようです。

* ビルマの騰越では、約3,000人の日本軍が全滅したと言われていますが、

   市街地に積み上げられた死体の中に、

   朝鮮人慰安 婦10数名と産んだと思われる子どもの死体がありました。

   東南アジアでは日本軍に殺されたり(処分と言う名目)、自殺を強制されたケ-スもあります。

* 西口克己「廓」から

1944年2月20日、南太平洋トラック島では、米軍の大空襲後に慰安婦を国家の恥と考え、

日本の兵隊が避難していた防空壕の前で60~70人の慰安婦を機関銃で殺害した。

           注: 戦争中は散々利用しておいて戦争が終わったら「国家の恥」とは身勝手な考えです。

3 中国や東南アジアでは日本軍が脱出した後戦場に置き去りにされたケ-スがあります。

* 韓国・中央新聞  1946年7月18日

上海にいた朝鮮人有志で設立された「韓国婦女共済会」の手で、1945年11月から12月までに、

朝鮮人慰安婦1,210人が帰国した。

* ソウル新聞 1946年5月12日

大部分が悪質な花柳病や皮膚病にかかっていて、見るも悲惨な状態だった。

* 韓国挺身隊研究所の調査

2000年6月現在、56人の元朝鮮人慰安婦が海外残留を余儀なくされています。

居住の地区は中国に50人、日本に2人、カンボジアに1人、ロシアに1人、台湾に1人です。

注: これらの女性たちに対しては、韓国政府も地元政府も、

勿論日本政府もこれといった対策を行なっていません。          (2005年現在)

 

このように敗戦時、慰安婦特に中国、朝鮮、アジアの女性たちに対し、

日本は国としての後始末をきちんとしていないのが実態です。

 

沖縄の場合を見てみると、現在のところ沖縄の慰安所の41ケ所に

朝鮮人女性がいたことが確認されていますが、人数は不明です。

しかしアメリカ軍の資料によれば「日本軍に置き去りにされた150名の朝鮮人女性慰安婦を沖縄の各地から収容した。

朝鮮へ船で送還する考えである」と、ありますので、

最低でも敗戦時には150名いた事になります。

(アメリカ軍資料1945年11月23日報告、スタンフォード大学フ-バ-研究所所蔵)

 

 

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