朝日新聞の訂正記事と吉田清治証言

村山談話
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最終更新日:2015/10/25 10:29

当時の村山内閣総理大臣は1995年(平成7年)8月15日、談話を発表しました。

いわゆる村山談話です。

*談話 「戦後50周年の終戦記念日にあたって」

先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。

今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、

万感胸に迫るものがあります。

敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。

このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、

私は心から敬意の念を表すものであります。

ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、

あらためて深甚な謝意を表明いたします。

また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に

今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。

平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。

私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、

戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。

とくに近隣諸国の人々と手を携えて、

アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、

なによりも、これらの諸国との深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。

政府はこの考えにもとづき、

特に近代史における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、

各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、

この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。・・・・・・

いま戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、

来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、

人類社会の平和と繁栄でへの道を誤らないことであります。

わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、

植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。

私は、未来に過ち無からしめんとする故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、

ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明します。

また、この歴史がもたらした内外の全ての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

                以下省略

 

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