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キーワード「南部仏印進駐」を含む投稿一覧

  • ベトナム、200万人の餓死

    2020/07/18
    10:57

    ベトナムは日本では仏印と呼ばれていました。

    当時のベトナムはフランスの植民地で、

    トンキン(東京・北部)、アンナン(安南・中部)、

    コ-チシナ(交趾支那・南部)の3つに分かれていました。

    フランスはこの他にはカンボジアとラオスを支配していました。

     

    ベトナムを狙っていた日本軍は、

    1940年6月にフランス本国が

    ドイツに占領されたチャンスを捉えて、

    9月に強引に北部仏印(ベトナム北部)に軍隊を進駐させました。

    いわゆる「北部仏印進駐」です。

    日本軍がベトナムを必要とした理由の一つは

    ベトナムからの中国支援を阻止することでした。

     

    当時ベトナムからの支援ル-ト、

    いわゆる援蒋ルートは2つあると考えられていました。

     ◎ハイフォンからハノイを経て広西省へのル-ト

     ◎ハイフォンから東南鉄道で雲南省へのル-ト

     

    さらには東南アジアでの前進基地や

    戦争資源の確保や日本本土への米の供給も

    大きな目的でした。

     

    1941年7月、

    日本は立場の弱いフランスにつけ込こんで

    「日仏共同防衛協定」を強引に結んで、

    南部仏印にも進駐する事になりました。

    いわゆる「南部仏印進駐」です。

    この協定で日本軍はベトナムにおいて

    無制限に部隊の駐留が認められ、

    港や飛行場が自由に利用できるようになったのです。

    国力が低下していたフランスは

    渋々と日本軍の要求を受け入れたのです。

     

    現地ベトナムの人たちの立場からすると、

    元々の支配者のフランス、新参者の日本の

    両方から支配されるのですから大変です。

    二重支配・・・・

    特にフランスの黙認による日本軍による

    強制労働、食料の強制供出、軍事費強制提供・・・

    これらは人々の暮らしを苦しめました。

    米を日本本国に送るため過酷な供出が行なわれ、

    その上に田畑をつぶして軍用物資である

    黄麻やヒマを強制的に植えさせたことは、

    ベトナム農民にとって忘れられない暴挙であり、

    食料強制供出と共に多数の餓死者を出す原因にもなりました。

     

    ●1945年当時のベトナムの新聞から(ベトナム高校歴史教科書)

     ・・・・とりわけこの4年来、

     農民は多大な犠牲と搾取をこうむった。

     汗水をたらして得た米も口にする直前に、

     黙って空腹に耐え、

     他に差し出さなければならない絹や綿を織っても

     妻子は裸同然で寒さに耐えている。

     油や塩を製造しても、毎日味気ない糠入り粥をすすり、

     夜は夜で明かり一つない位暗い小屋で暮らしている。

     恐らく、これまでの歴史の中で、

     今ほど農民が犠牲を強いられている時代はないであろう。

     

    1944年8月、フランスはヨ-ロッパ戦線でドイツに勝利し、

    それと共にベトナムのフランス軍も

    日本軍に強い姿勢を取るようになりました。

    12月、日本軍はそれに対して一挙に3個師団を増強させました。

     

    1945年2月、最高戦争指導者会議で

    「情勢ノ変化ニ応スル仏印処理ニ関スル件」が決定され、

    その中の「明号作戦-通称マ号作戦」によって、

    3月9日、日本軍は現地でフランス軍を攻撃し武装解除しました。

    それ以降ベトナムは日本の単独支配となりました。

     

    ●大本営発表  昭和20年3月10日 2時

     我が仏印駐屯軍は

     仏印当局の不信に基づき

     印度支那に於ける

     共同防衛遂に不可能となりたるにより、

     茲に敵性勢力を一掃し単独にて同地の防衛に任ずるに決し

     3月9日夜、所要の処置を開始せり

     

    そして同時にベトナムに対し独立を許可しました。

    この明号作戦を予測していた連合国軍は、

    対抗上東京空襲をすると警告していました。

    3月9日に日本軍がこの警告を無視して

    ベトナムで攻撃をしたため、

    翌日3月10日東京大空襲は実行されました。

     

    1944年から1945年にかけてベトナム北部で大飢饉が発生し、

    農村部でも都市部でも多くの人が餓死しました。

    日本は大飢饉による餓死で日本軍のせいではない。

    仕方がなかったのだ。・・・という立場です。

    確かにその都市のベトナムは

    台風や水害による被害がひどかったのは事実です。

    しかしベトナム北部は昔から、

    数年に一度大災害に襲われていた慢性地帯です。

    それなのにこれまではこのような

    大飢饉や餓死が起きることはありませんでした。

    やはり本当の原因は日本の侵略にあるのかもしれません。

     

    ●考えられる飢饉や餓死の原因は・・・・

     1 日本軍による米の強制供出

    ☆日本本土への米の輸出

    ベトナムからの輸出量は

         1940年47万トン

         1941年59万トン

         1942年97万トン

         1943年100万トン

         1944年50万トン

         1945年4万5千トン

         注:1945年は戦況悪化で輸出できませんでした。

      ☆数万の日本軍は2年分の米を備蓄してあった

       明号作戦のために増強された日本軍は、

       第21師団、第37師団、独立混成第34旅団、その他で

       総兵力82,000名といわれ、

       北部だけで25,000名がいたといわれます。

       さらに一般の民間日本人つまり

       在ベトナム邦人が7,000名滞在していました。

       それだけの日本人が2年分の食糧を備蓄していたのです。

      ☆フランス軍も米の備蓄をしていた

     2 水田を潰して軍事物資である

         ジュ-ト(黄麻)、ヒマ(油性植物)を栽培させた

       ベトナムでは自然災害で米が取れなくても

       トウモロコシのような雑穀を代替としてきましたが、

       戦争が激化すると、日本、フランス共に

       米やトウモロコシを強制買付けした上に、

       繊維性や油性作物の栽培を強制しました。

       結果として黄麻、チョマ、綿、ヒマ等

       穀物以外の作付けは40年度と比べて44年度には

       9倍に増えています。

         5,000ヘクタ-ル→45,000ヘクタール

       急速に作付面積を伸ばした

       軍需物資の栽培と輸出は日本の会社が行ないました。

    三菱商事 三井物産 大同貿易 日本綿花  

    台湾拓殖 又一商会 東洋綿花 その他

     3 戦況の悪化で南部から米が入らなくなった

       1938年~39年の統計では、

       インドシナ全域の米の収穫量は年間630万トンです。

         内訳は ベトナム北   25%

             ベトナム中   16%

             ベトナム南   40%

             カンボジ    12%

             ラオス       7%

       人口が多くて食料の足りない北部は

       地下資源と交換で南部から米を入れていました。

       ベトナム全域を支配した日本軍は、連

       合軍の攻撃を理由に北部に米を運ぶ努力をしなかったのです。

     4 天候不良

       ベトナムは慢性的に天候不良と水害があって飢餓の多い所です。

       特に1944年の冬からの悪天候は世界的なことでした。

       戦後もベトナムは何度も飢餓に襲われていますが、

       1945年のような餓死者を出していません。

       その時以外での最高の餓死者は1915年の200人です。

     

    いくつか手記を取り上げます。

     

    ●第21師団独立野戦高射砲第62中隊 軍曹 武田澄晴

     ・・・・退院の日、私はジャラムから

     ル-ジュ河畔に移動していた中隊に帰る時、

     堤防の上にずらりと並んでいる餓死者を見たのです。

     愕かずには居れませんでした。

     迎えのトラックの上から果てしなく続くその、

     まるでイリコを干してあるような光景はショックでした。・・・・

     同僚の話では「なに、毎晩片付けられているのだが、

     次の日は又この状態だよ」とのことでした。・・・・

     生まれて初めて見る餓死者、その寸前の者・・・・地獄でした。

     ほとんどが子供と老人でした。

     ムシロがかぶせてあるので死んでいるのかと思って見ると、

     大きな目を開いたうつろな表情、ものを言う気力もすでになく、

     じっと見つめているガイ骨のような顔々々・・・・

     むすびを持ったまま死んでいる者、

     幼い兄弟が抱き合ってミイラのようになっている者・・・・

     私も始めのうちは食物や銭を与えたりしましたが、

     キリがないんです。・・・・

     屍体をよけたりまたいたりして、市内の軍酒保に行くのです。

     そこにはありあまる山海のご馳走が

     安く飲食出来るようになっていました。

     ああ、この地獄に取り巻かれた中での痛飲飽食!

     サービスするベトナム娘はどんな気持ちだったでしょう。

     その頃、師団は決戦に備えて2年分の食料を確保していたそうです。

     

    * 第21師団第62連隊 2等兵 小林昇

     ・・・・猛烈な飢餓の惨状にいきなりでくわした。

     四方から流れ着いた農民の家族たちが、

     文字通り骨と皮だけになって、

     街路で斃死してゆくのである。

     それは栄養失調ではなく、絶食の死であった。

     息を止めた夫の身体にすがって

     妻や子の哭いている歩道を、幾時間して又戻ってくると、

     妻の方ももう声明のしるしがかすかになっているというような、

     やがていたるところで接しなければならなくなる光景に、

     私は始めて接したのであった。

     市の大八車が路上のそういう死者たちを

     積み上げて、屍臭をふりまきながら焼場へ運んでいく。

     その車には、まだ確か息のかよっていると思われる

     身体も積み込まれていた。

     

    このように考えると、

    やはり戦争の結果の餓死という見方が正解かもしれません。

    餓死者は200万人といわれています。

    日本政府では、推定30万人と主張しています。

     

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