アジア女性基金・インドネシア

日本とインドネシアの間には1958年に平和条約と賠償協定が結ばれ、

賠償と請求権問題は一応解決したことになっています。

1992年に慰安婦問題が注目を集め証言者が出始めました。

法律扶助協会や元兵補連絡フォーラムなどが登録を始めました。

日本と協議の上インドネシア政府は見解を発表しました。

 

●インドネシア政府の見解  1996年11月14日

 「慰安婦」問題はインドネシア民族にとって

 その歴史の中で忘れ難い暗い側面であり、

 将来繰り返されることのないよう注意を払い、教訓とする必要がある。

 また、この暴力の犠牲となった女性の

 終わることのない精神的かつ肉体的な苦渋、痛みを理解している。

 しかしながら、パンチャシラ哲学を有する民族として、

 感情的要素が強い措置及び施策に向わないように、

 また犠牲となられた女性の方々及びご家族等の名誉を守ることに尽力している。

 インドネシア政府は、1958年に締結された

 「日本国とインドネシア共和国との間の平和条約」と

 「日本国とインドネシア共和国との間の賠償協定」によって

 日本政府との賠償並びに財産及び請求権の問題は解決済みとの認識である。

 アジア女性基金がインドネシアにおいて行う

 「慰安婦」問題に関わる事業・援助は

 インドネシア政府(特に社会省)を通じて行われるべきであり、

 他の組織や個人を通じて行われることはない。

 

この結果1996年12月に、基金派遣の役員との話し合いの結果

「高齢者福祉施設」整備事業等への支援を行うこととしました。

1997年3月21日、橋本総理大臣はスハルト大統領におわびの手紙をおくり、

総額3億8000万の支援が始まりました

インドネシアの慰安婦や支援団体はこのことに反対し

被害者個人に事業をして欲しいと要求しましたが受け入れられず、

結局慰安婦が優先的に入居できる施設が数ヶ所出来ました。

2007年1月事業は完了しました。