南京事件

捕虜や民間人に対する日本軍の対応
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最終更新日:2018/09/29 10:29

直接戦闘に関係のない民間人を殺害する事は、法があろうがなかろうがいつの時代でも犯罪です。

では捕虜の場合はどうかということになります。

前にも書きましたが、1902年に第2回平和会議で改定された「陸戦の法規慣例に関する条約」

いわゆるハ-グ条約では捕虜に人道的処遇をする事を定めています。

日本は1912年に条約に批准していますから当然守る義務があります。

事実日露戦争や第一次世界大戦では守る努力をしています。

しかし日清戦争では余り守られていませんでした。

これはアジア人に対する蔑視があったように思われます。

それでは満州事変以降の戦争はどうだったのでしょうか?

1932年の第一次上海事件(南京戦の5年前)の時日本軍は中国の便衣兵の攻撃に悩ませられていました。

恐怖にかられた在留邦人は自警団を組織し便衣兵狩りをし、一般の中国人まで虐殺した報告があります。

◎海軍の戦史 (原文カナ)

長期の排日・抗日に因りて激昂動揺せる在留邦人は、

更に便衣隊に対する不安の為に益々平静を失い、

遂に恐慌状態となり、流言頻々として底止する処を知らず、

初め自警団を組織して便衣隊に備えたりしが、その行為常軌を失し、

便衣隊以外の支那人をも之を惨殺するの傾向を現出し、

且陸戦隊にありても、居留民の言を信じて過たる処分を行うものを生じた

◎上海の重光葵公使から外務大臣宛の電報 1932年2月2日(原文カナ)

29日事件当初海軍側は手薄のため在郷軍人団及び一時青年団又は自警団を

閘北占領地内の治安維持に用いたる行懸もあり

彼等の行動は便衣隊に対する恐怖及び憎悪と共に

恰も大地震(注:関東大震災の事)当時の

自警団の朝鮮人に対する態度と同様なるものあり、

支那人にして便衣隊の嫌疑を以て処刑(殺戮)せられたる既に数百に達せる・・・・

このため上海の海軍や陸軍は「便衣隊や容疑者は憲兵隊又は警察で調査」をするように、

きちんと対処する命令を出しています。

このような前例があるのに、その後の第二次上海事変から南京事件の期間は

憲兵隊や警察に送致することなく便衣兵らしきものを殺害したのです。

 

日本軍は、戦争だと国際条約を守らなければいけないので、大本営は戦争と呼ばずに事変と呼びました

満州事変、上海事変、支那事変などです。

つまり戦争でないから国際法に制約されない。

捕虜も人道的処遇する必要もないし、収容所も作らなくてもよいという解釈です。

前にも述べたように日本軍には基本的な問題があった上に、国際条約を守らないのですから、

民間人や捕虜の殺害が起きたのは必然的なことでした。

◎交戦法規の適用に関する件  陸支密第198号支那駐屯軍参謀長宛陸軍次官通牒

1937年8月5日  (原文カナ)

現下の情勢に於いて帝国は対支全面戦争を為しあらざるを以って

「陸戦の法規慣例に関する条約その他交戦法規に関する諸条約」の具体的事項を

ことごとく適用して行動することは適当ならず。

・・・・日支全面戦争を相手側に先んじて決心せりと見らるる如き言動

(例えば戦利品、俘虜(捕虜)等の名称の使用)は努めて避けよ・・・

注:中国と全面戦争ではないのだから、国際法を守る事は適当ではない

    日本から戦争を仕掛けたと思われないようにし、戦利品とか捕虜等の言葉も使うな

1933年に陸軍歩兵学校教官の氷見大佐の研究をもとに刊行された「対支那軍戦闘法の研究」の

捕虜の処置」には中国人への蔑視が見られます。

◎対正規軍戦闘法の研究・その六捕虜の取扱   1933年1月  (原文カナ)

捕虜は他列国人に対する如く必ずしも之を後送監禁して戦局を待つを要せず

特別の場合のほか、之を現地又は他の地方に釈放して可なり。

支那人は戸籍法完全ならざるのみならず特に兵員は浮浪者多く、

その存在を確認せられある者少なきを以って

仮に之を殺害又は他の地方に放つも世間的に問題となる事なし・・・・

        黄色線注 * 欧米諸国とは別の処遇をしても良い

             * 仮に捕虜を殺害しても世間的には問題にならない

             * 他の場所に連行して強制労働が出来る

軍だけではなく民間人も中国軍に対する差別感はありました。

中国に対して相当の理解を示していた東亜同文会でさえそうでした。

◎東亜同文会「支那年鑑」1935年版

・・・・その実質は依然として傭兵、軍閥の私兵と見て何等差し支えない。

従って表面的には約200万以上の兵力を有し、かつその編成及び装備も完成せるごとく見ゆるも、

その本質にいたっては、今尚3000年以前の春秋戦国の軍隊と何等異なるところがない。

元来支那下層民は無学無知懶惰にして、

糊口に窮する者は多く募兵に応ずるをもって立身に対する唯一の道とし・・・・

このように馬鹿にしていた中国の軍隊でしたが、実際には日本軍の方の軍紀が乱れて、

中国軍のほうが強く、しかも規律がきちんとしていたと言う報告もあります。

◎教育総監部第二課長 鈴木宗作大佐の報告(原文カナ)

教育総監部「日支事変の教訓 第二号」1938年

支那軍は予想に反し著しく頑強性を発揮したりと見るを妥当とする部面を有し

或る意味においてはむしろ我が軍に比べ優越しありと見るべきものまた少なしとせず

◎遠藤三郎 野戦重砲兵第5連隊長(原文カナ)

教育総監部「日支事変の教訓 第二号」1938年

軍紀の刷新につきましては上下共に一段の努力を要するものと痛感いたしました。

いわんや本次作戦の目的を考えるとき支那民族に与える悪影響を思えば

冷や汗三斗の思いが致すのであります。

不軍紀の代表の様に思った支那軍は案外軍紀が厳粛に保たれて居った様に見受けました

中国から帰還した兵士が現地の実情を日本国内であまり言いふらすと困るため、

1939年2月に陸軍次官は各部隊に通牒を出しています。

その中の軍隊・軍人の状況には帰還兵の露骨な言動の例が示されています。

◎支那事変地より帰還する軍隊及軍人の言論指導取締に関する件 (原文カナ)

・○○で親子4人を捕らえ、娘は女郎同様にもてあそんでいたが、

 親があまり娘を返せと言うので親は殺し、

 残る娘は部隊出発まで相変わらずもてあそんで、出発間際に殺してしまう

・ある中隊長は、「あまり問題が起こらぬ様に金をやるか、

 又は用を済ました後は分からぬ様に殺して置くようにしろ」と暗に強姦を教えていた

・戦争に参加した軍人を一々調べたら、皆殺人・強盗・強姦の犯人ばかりだろう

・戦地では強姦位は何とも思わぬ。現行犯を憲兵に発見せられ、発砲して抵抗した奴もある

・約半年にわたる戦闘中に覚えたのは強姦と強盗位のものだ

 

日本軍兵士のあまりのひどさに困った軍中央は兵士の心得を発行しました。

兵士の心得は第一号から第三号まで出ていますが、まず南京戦直後の第一号です。(原文カナ)

◎[従軍兵士の心得 第一号]

1938年8月 大本営陸軍部第一課長(教育課長)遠藤三郎大佐

戦地における敵意なき支那民衆を愛燐せよ

無辜の民を苦しめず弱者を憐むのはわが大和民族古来の美風である。

いわんや今次の聖戦は支那民衆を敵としているのではない。

抗日容共の国民政府を撃破して無辜の支那民衆を救うのが目的である。

彼らをして皇恩に浴し得るようにしてやらねばならぬ。

万一にも理由なく彼らを苦しめ虐げる様なことがあってはいけない。

武器を捨てて投降した捕虜に対しても同様である。

特に婦女を姦し資財を掠め或いは民家をいわれもなしに焼くが如きことは絶対に避けねばならぬ。

かくのごとき行為は野蛮民族として列強の嗤いを買うばかりではなく

彼ら支那民衆より未来永劫までも恨みを受け、仮に戦闘に勝っても聖戦の目的は達し得ぬこととなる。

「掠奪強姦勝手次第」などどいう言葉は「兵は凶器なり」と称する外国の軍ではいざ知らず、

神国であり神武である皇国の軍では絶対にあり得ぬことである。

万一にもかくの如き行為をなすものがあったならば、之れ不忠の臣である。

国賊として排除せねばならぬ。

(中略) またいわれもなく無闇に誤れる優越感を振り廻してはいけない。

彼らといえども民族としての誇りがあろう、否彼らは特に面子を重んずる国民であるから、

やたらに威張りちらしたのでは彼らを服従させることは出来ない。

よろしく彼らの人格を尊重しこれを愛護するの大国民的大度量をもって

彼らに自然に我々に兄事師事し遂に求めずして心から服する様親切に導くことが必要である(攻略)

このような心得をこの時期にあえて出したのは、南京の状態は目を覆うばかりのひどさであった良い証拠です。

それでも南京の惨状は収まらず、11月には第二号、翌年の3月には第三号が出されているのです。

◎従軍兵士の心得 第二号 1938年11月      

・・・・彼の掠奪強盗の如き私利私欲の為の行為は啻に皇軍軍人として軍紀風紀上許されぬばかりではなく

其の結果は皇軍全般が又我が国全体が対手国の民衆より永遠の恨みを買うこととなり

縦い戦闘には勝っても終局に於て戦争には負けとなるのであって実に重大なる問題である・・・・

左に戦場に於て起こり易い犯罪・非違並に刑懲罰に関して若干の説明を試みることとする。

●上官に対する罪

●掠奪の罪

●衛兵勤務に関する罪

●逃亡の罪

●軍用物資損壊の罪

●造言飛語の罪

・・・・戦場に於ける強姦は其の地の住民に対して為される場合が多い兵威に怖れ殆んど無抵抗の状態に在る為

一種の征服感更に猟奇心等に駆られ殆んど常識では信ぜられぬ様な姦淫行為を平然と行って憚らぬ様な不心得者が絶無とは云い得ぬ様に思われる・・・・

凡そ住民に対するこの種の行為は啻に野蛮人として列強の嗤いを買うばかりでなく

住民よりは未来永劫迄も恨みを受け、皇軍の百の宣撫も滅茶苦茶となり国策遂行上大なる障碍をなすことは今更云う迄もないことであり・・・・

 

 

 

 

 

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