阿片政策

日本での生産・販売の概要
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最終更新日:2014/05/28 16:22

阿片やモルヒネは主として医療用(痛み止め)に多く使われるため、

戦争があると負傷兵の治療に大量に消費されます。

ケシは日本には江戸時代中頃に入ってきたといわれ、当初は自由販売が主で、

栽培は大阪の三島郡でされていました。

1875年(明治8)には阿片専売法が制定され、その後は国家管理になりました。

 

大正時代になると大阪を始め、岡山、福岡、高知、広島等多くの地域で栽培されるようになります。

特に第一次世界大戦(1914年~18年)で外国からの医薬品が不足したため、急速に国内生産が増えてきます。

そして世界大戦終了後、今度はモルヒネが余ってしまったため、各国は中国に販売しようとします。

そこに日本が割り込んで膨大な市場を手に入れようとするのです。

 

当初日本では阿片からモルヒネを生産することが出来ず、ドイツやイギリスから輸入していましたが、

第一次世界大戦を契機として国内生産に踏み切りました。

1915年(大正4年)に星製薬(株)、大日本製薬(株)、(株)ラジウム商会、三共(株)が

独占的に国から台湾阿片を払い下げ、モルヒネやヘロイン生産を行ない莫大な利益を上げるようになるのです。

その後、モルヒネやヘロインの生産はどんどん増えて、中国に密輸できるようになって来ました。

 

そして遂に日本が阿片扱いの世界のトップクラスになったのです。

     * モルヒネの生産量  昭和10年  世界で 約31トン

                         アメリカ   6.3トン

                         ドイツ    6.3トン

                                                           フランス   4.0トン

                         日本     3.1トン

        ヘロインの生産量  昭和10年  世界で  0.67トン

                         日本    0.25トン (世界で第1位)

 

これだけの量が日本国内で消費されるわけはなく、大部分が国策として中国に密輸されたものと思われます。

* 「国際阿片問題の経緯」 宮島幹之助 著 1935年   ジュネ-ブ国際阿片会議の日本委員

・・・・日本国内にはヘロイン、コカインの中毒者が多いという事実もないので、

他の疑惑を招くのは当然である。・・・・

異常なる多量の製造と消費と相まって、

麻薬の不正輸出あるにあらずやとの疑惑は依然として残っている。

 

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