尖閣諸島

冊封(さくほう)外交
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最終更新日:2014/01/30 14:15

昔の中国は強大な国ですから周辺の国々を属国にしていました。

属国と言っても直接支配するわけではなく、配下の国の自治を認めていました。

朝鮮・沖縄・ベトナム・・・他周辺のアジアの国を従えていましたが、その体制を冊封体制と言います。

支配する国を冊封国(君主)支配される側を朝貢国又は貢献国(臣下)といいます。

注: 冊封を受ける国と言うことで支配される側を冊封国と言う言い方もあります

数年から数十年に一度冊封使が貢献国を訪れ色々な文化を伝えていました。

中国と琉球がまさにその関係です。

冊封使が琉球を訪れる時、航海の目印にしていたのが尖閣諸島です。

ですから冊封外交が始まる前の航海日誌はありません。

琉球冊封使は1372年から琉球に来始めたといわれます。

まずは中国側のつまり冊封使の航海日誌から見てみます。

先にお断りしておきますが、これ以降の資料はカタカナが主で読みづらいので現代文に書き直します。

なるべく正確にするように心掛けます。

 

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