尖閣諸島

明治維新で近代国家に
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最終更新日:2014/01/16 13:21

明治維新で日本は新しい国家に生まれ変わりました。

当時の世界は武力で領土や植民地を増やすいわゆる西欧の近代国家と、非近代国家の争いでした。

アジアでは当然のことですが中国・朝鮮・沖縄・北海道・日本などはまだ非近代国家でした。

明治政府はその中で西欧諸国からの侵略を防ぐ事が最重要課題でした。

「脱亜入欧」「富国強兵」そして「近代憲法の制定」・・・・

これらで何とか西欧諸国の仲間入りをして身の安全を手に入れたのです。

西欧諸国への調査団の派遣で近代文明の取り込み、ヨーロッパ式の軍隊制度も取り入れました。

 

そして一応近代国家の仲間入りを果たした日本は、

西欧諸国の例に見習い非近代国家である周辺諸国への侵略を始めたのです。

北海道の日本への取り込み、琉球を中国から引き離し日本へ取り込み、日清戦争、台湾や朝鮮の植民地化です。

明治時代はこのように近代国家として領土を拡張し、

近代国家同士で認め合った国際慣習法に従って領土拡張の宣言をしていたのです。

勿論非近代国家の意見は無視されてきました。

それらの時代に起こったことが尖閣諸島や竹島の問題です。

明治政府が尖閣諸島をどのようにして日本領土にしていったのでしょうか?

当時の明治政府の外交資料が外務省に保存されています。

その資料も含めて明治時代の尖閣の経緯を説明したいと思います。

同じように言葉が難解なので現代文に書き直します。

 

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