大東亜共栄圏

香港難民と細菌戦部隊
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最終更新日:2015/08/23 11:14

防疫給水部(細菌戦部隊)としては、満州にあった731部隊が有名ですが、

同じような部隊が1939年5月に広東市に作られました。

南支那派遣軍の「波8604部隊」です。

所在地は広東市の東山地区で、現在は中山医科大学となっています。

部隊員は約800人といわれています。

初代部隊長は田中巌軍医大佐です。

この部隊に付いては「防疫給水部」として別のレポ-トを書きます。

 

香港の増え過ぎた人口の疎散政策をとっていた日本軍は住民を強制的に香港から追い出しました。

そして難民になった住民を治安のためと称して「南石頭」という難民収容所に入れました。

難民収容所でもどんどん増える難民で一杯になり収容限界に近づいたため、

日本軍は難民を殺害して減らす計画を立てました。

対外的にには病気と言う名目に出来るということと、生体実験が出来るということで、

波1804部隊は細菌を使用する命令を受けました。

最初は収容所の4ケ所の井戸にチフス菌やパラチフス菌を投げ込んだのですが、

中国人は生水を飲まないため失敗しました。

そこで東京の軍医学校から強化したゲルトネル菌を運んで今度は湯冷ましに入れ、中国人に飲ませたのです。

その日から死者が出始め、最初は普通に埋めていたのですが、

あまりに大量の死者で間に合わなくなり死体を重ねて埋めたそうです。

     注 軍医学校

アジア各地で活動した細菌部隊の総本部のような所で、新宿区戸山にありました。

戦後は国立予防衛生研究所(予研)と名前を変えています。

予研の歴代所長のほとんどは細菌戦部隊の関係者で、エイズ事件にも重大な関係を持っていました。

現在は国立感染症センタ-になっています。

さらに感染しても発病しなかった保菌者は、敵地に病気を広げるためわざと釈放しました。

 

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