日本の毒ガス戦

毒ガスの使用回数
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最終更新日:2015/06/20 10:49

毒ガスが実際にどれだけ使われたのかはなかなか分かりません。

1回の戦闘で1発の筒や弾が使われた場合もあるでしょうし、10発、100発、1000発の事もあったと思います。

そこで量にはかかわらず毒ガスを使用した戦闘は何回なのかが調査されました。

日本政府はまだ関係資料を公開していませんが(1997年現在)、

中国政府とアメリカの資料によれば、少なくとも2000回以上とされています。

その内、青酸、イペリット、ホスゲン等の猛毒ガスが19%も使用されたことになっています。

立教大学粟屋教授がワシントンで発見した日本軍の「支那事変ニ於ケル化学戦例証集」によれば

宣昌攻防戦では1000発以上のイペリットを使い、

武漢戦では化学戦をしなかったら勝てなかっただろうとされています。

 

北支那方面軍の「あか筒」と「みどり筒」のみですが使用量を見てみます。

資料は北支那方面軍「射耗弾薬調査票」と「昭和14年度及び15年度弾薬射耗数量表」の組み合わせです。

                栗屋憲太郎編「中国山西省における日本軍の毒ガス戦」から

 

 

1937年7月8日~

 1938年10月末日

1939年4月~

 1940年3月

1940年1月~

 1941年3月

各種あか筒

14,271本

19,072本

30,828本

89式催涙筒甲

447本

5,263本

6,191本

89式催涙筒乙

2,141本

記載なし

記載なし

         注:年月が抜けているところがありますが、発見された分だけです

 

 

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