日本の毒ガス戦

生産地での被害
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最終更新日:2014/04/05 10:31

毒ガスを使用した中国だけではなく、実は生産をしていた日本でも被害は出ていました

生産地の広島県大久野島や相模原の日本人作業員が毒ガスにやられています。

戦後毒ガスの後遺症で死亡した人は1,900人を超えます。

国家公務員等共済組合連合会忠海病院の行武院長の談話では、

多くは呼吸器のガンで、通常より20倍も高い発生率だそうです。

現在でも4,500人位の人が政府に対し「原爆に対するのと同じような補償」を求めています。(1997年現在)

1951年に被害者団体は「せめて原爆なみの救済を・・・・」と、政府に請願しました。

政府の対応は「国際法違反を認めるような法案の審議は我が国にとって好ましくない・・・」と審議は中止され、

その代わり旧日本陸軍共済組合特別措置法を適用し、

「ガス障害者救済のための特別措置要綱」が決められました。

これは旧陸軍共済組合・・・・と言う建前なので、

ガスによる被害が確実でも、

旧陸軍との雇用関係が証明できないと対象にならないという片手落ちの処置でした。

また「」という字を外しているのもその場逃れのごまかしでしょう。

実は戦後、日本国内に関しては占領軍の英連邦軍が毒ガス弾の処理担当しましたが、

その「毒ガス廃棄報告書」によれば処理作業で2名の死亡者、100名以上の負傷者が出ているそうです。

 

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