日本の毒ガス戦

日本軍による毒ガス実験
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最終更新日:2015/07/25 10:28

[日本軍毒ガス演習所]

2012年8月13日 東京新聞から転載

旧満州国の軍事施設跡を調べている民間団体「国境軍事要塞群日中共同学術調査団」が、

中国ハルビン市社会科学院と昨年10月末に調査した。

2006年に日本の研究者が見つけた「満州第95部隊」の化学兵器訓練の実施要領の資料を基に調べた。

資料は6ペ-ジで、表紙に「第1回実物演習」「極秘 用済廃棄」等と記載。

1942年(昭和17年)の6月16~19日に、撒毒小隊が毒ガスを撒布し、

消毒分隊や制毒分隊が対処する訓練計画が書かれていた。

猛毒のイペリット剤「きい」計700キロを使うとあり、演習場の建物の配置図や、近辺の地図を記載。

場内の井戸水については「絶対飲用ニ適セサルヲ以テ雑用ノ外使用ヲ禁ス」とあった。

調査団は地図に「愛河」という駅が書かれていることに着目。

黒龍江省牡丹江市の東側に現存する「愛河駅」と推測し、

地図とグ-グルの衛生写真を照らし合わせて演習場を探した。

地図の縮尺が誤っていたが、鮮明な衛生写真を頼りに地形から場所を特定した。

現地に行くと、井戸や古い塹壕跡が配置図通りに見つかり、資料に書かれた演習場と断定した。

以下省略

 SCN_0089 満州演習所

 

 

[日本軍による毒ガス実験]

日本軍は中国東北地方で化学戦の実験を行っています。

正式に実験と言われたわけではありませんが、生体実験をしたり、

ある地区に毒ガスを空から撒いたりして死亡率を調べています。

10数回あると言われた実験では590人以上が死傷されたといわれています。

その一覧です。

*日本軍が化学兵器の試験で無辜の民を殺害した事例

紀学仁「日本軍の化学戦」から

 

時期

試験期間と場所

試験内容

試験対象

結果

1937年初め

牡丹江陸軍病院

イペリット殺傷作用

一般人3人

全て翌日死亡

1940年

6月上旬

関東軍化学部隊

ハイラル飛行場以北草原

びらん性毒剤を200kg、

面積1000m²に散布

農民56人

毒死6人

毒傷50人

1940年

7月中旬

関東軍化学部隊

フラルジ以東の草原

びらん性毒剤を100kg

面積2000m²に散布

農民30人

毒死5人

毒傷25人

1940年9月

関東軍特別大演習

牡丹江地域

イペリット砲弾9800発、

発射し、効能試験

「犯人」50人

全員毒死

1940年11月

関東軍化学部

ホルンベイル草原

飛行機から茶弾50kg

投擲、青酸30トン放射

 

情況不明

1940年

 8月~9月

第39師団

湖北省当陽

びらん性毒剤を全身に塗る

捕虜3人

毒傷後銃殺

13門の大砲でびらん性毒弾と

榴弾発射

捕虜80人

全員死亡

イペリットの殺傷及び消毒試験

捕虜5人

中毒後死亡

イペリットに汚染された馬用飼料

馬15頭

死亡

ジフェニ-ルシアンアルシン砲弾試験

12門の迫撃砲を使用

捕虜70人

69人死亡

1人重態

野砲1問で赤弾152発を発射

捕虜70人

中毒

爆弾の対比実験、

榴弾152発を発射

最後に殺害

1942年

 5月下旬

 7月下旬

関東軍化学部練習隊

内蒙古扎蘭屯

東南6キロ

びらん性毒剤を2回撒布

農民107人

7人毒死

100人毒傷

1943年1月

関東軍化学部練習隊

内蒙古扎蘭屯

東南8キロ

大型赤筒50個、

大型発煙筒50個

迫撃砲赤筒30発

情況不明

情況不明

1943年

7~8月

関東軍化学部練習隊

黒龍江碾子山

びらん性毒剤の試験

農民39人

4人毒死

30人毒傷

1943年9月

関東軍化学部練習隊

黒龍江碾子山

赤筒の効能試験

農民24人

3人毒死

40人毒傷

1944年

8月中旬

関東軍化学部練習隊

フラルジ

毒剤100kgを

面積2000 m²に撒布

農民24人

4人毒死

20人毒傷

1945年8月

関東軍化学部練習隊

フラルジ演習所

赤筒30個を放射

農民10人

10人毒傷

上記毒ガスの生体実験の内1940年8月~9月に第39師団が湖北省当陽地区で行った実験は

150人以上の参観見学者の前で行われた大規模なものでした。

戦後中国が告発した内容です。

*第39師団が抗日軍捕虜を利用して毒ガス実験を行ったことに対する

柴田修蔵、黒瀬市夫の告発  1954年8月1日

一 時期  1940年9月14日から2週間

二 場所  湖北省当陽県当陽西南高地

三 毒ガス訓練の責任者 酒井中将

四 教官  第39師団工兵代39連隊連隊長金原中佐

五 訓練人員 第39師団第223連隊大隊長蓑毛少佐を先頭とする

  将校、下士官、兵士及び第13師団と当陽駐屯の各部隊の派遣人員150人

六 警戒兵力 1個大隊(機密保持の任務を負う)

七 訓練及び実験内容

1 イペリット(びらん性気体)の実験。目的はイペリットの効力、消毒方法およびその降下の研究。

   宣昌作戦で逮捕した5名の抗日軍捕虜の手足をしばるという方法で実験した。

   1人目は上半身裸にし、顔面と上半身をイペリットにさらして、その糜爛情況を観察した。

   2人目は顔面をイペリットにさらしてから10分後に消毒を行ない、効果を観察した。

   3人目は同様の方法で、間隔を20分とした。

   4人目は同様の方法で、間隔を30分とした。5人目は同様の方法で、間隔を40分とした。

   実験の終了後、全員を刺殺した。

   16頭の馬、ラバにイペリットに実験をする。飼料のなかにイペリットを混入して馬、

   ラバに与えると、よだれを垂らして死んだ。

   外部からイペリットを放つと、麻痺したあと死んだ。

2 一時性くしゃみガスの効力実験。

   宣昌作戦で逮捕した70名の抗日軍捕虜の手足をしばりつけ、壕内に押し込むか

   あるいは隠蔽した砲座のなかにおき、

   12門の迫撃砲と1門の野砲で連続20分間くしゃみ性毒ガス弾を発射し、

   その後、訓練生を現場につれていって観察させた。

   結果は隠蔽砲座に入りこんだ1人が苦悶の情況を呈していたのを除いて

   その他の全員が毒ガ.スによって死亡していた。

3 砲弾の爆裂殺傷力に関する実験

   宣昌作戦で逮捕した70名の抗日軍捕虜の手足をしばりつけ、壕内に押し込み、

   12門の迫撃砲と1門の野砲で連続20分間、榴弾を発射し、その後、結果を検査した。

   結果は数日来降りつづいた大雨で壕内に水がたまり、

   水でおぼれるか砲弾の爆撃で、全員が殺害された。

 

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