日本の毒ガス戦

日本の毒ガス専門部隊
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最終更新日:2015/08/01 12:47

2000年に群馬県沼田市にあった日本軍の毒ガス専門部隊の資料が発見されました。

資料は群馬県埋蔵文化財調査事業団の菊池実専門員が防衛庁防衛研究所の図書館で発見したものです。

                     (2000年10月17日、東京新聞)

資料は「迫撃第1連隊」教育・演習マニュアル(参考綴)となっていますが、

資料表紙には秘密を守る為「東部第41部隊」と「かかれてあります。

迫撃第1連隊は1940年に松江市の連隊に国内初の化学戦専門部隊として作られ、

翌1941年12月に群馬県の沼田市に移転した部隊です。

資料は1942年~1943年にかけて作られたと見られ、対ソ連戦を想定して作られた部隊と思われます。

その中の「ソ軍」化学戦の概要には、ソ連軍化学戦部隊の指揮系統や戦力分析、

攻撃・防御装置一覧などが4章にわたって書かれています。

*「瓦斯使用方式及運用の大要」のソ連軍について  (原文カナ)

平時より化学戦に関する統制機関、化学戦部隊を常置し・・・・

化学戦準備を整えて・・・・

特に国境に近く多数の化学戦部隊及資材を準備している・・・・

瓦斯を大規模に用いる企図を有し・・・・

防御及退却作戦でしばしばこれを用いる様である

訓練結果を報告したところでは、訓練で数十人の傷病者が出たことになっています。

そして傷病の内容からイペリットガスだと想像できます。

 

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