防疫給水部(細菌戦部隊)

日本ブラッド・バンク
記事専用プリント対応ページ

最終更新日:2014/09/13 11:48

免責された第731部隊関係者の内藤良一、二木秀雄、宮本光一等は

1950年に「日本ブラッド・バンク(後ミドリ十字)」を創立しますが、そこにもGHQとの関係が読み取れます。
1950年大阪茨木市で開業していた内藤のもとを二木秀雄と宮本光一の二人が訪問します。

以前から事業立ち上げの構想を練っていた内藤はこの3人の会談をきっかけに企画草案をまとめました。

*「株式会社日本血液銀行の企画草案」 1950年7月

政治に対する働きかけ

1.国内各種機関に血液銀行組織をもつよう奨励する
2.全国の保険所が災害救急用に乾燥血漿を常備できるよう予算措置させる
3.失業者や貧困者からの血液供給を抑制する法令が成立するのを防ぐ
4.製品のダンピングを防ぐ
5.特殊な事業なので法人税を免除させる
6.GHQ方面の理解、指導および援助を得る

草案の中の経緯で内藤は

「・・・このときの上官は有名な石井四郎という人でこの研究を認めて金はいくらでも要るだけ使わせて貰った・・・」

と書いています。

石井の名前を堂々と出していることを始め、この企画草案を見ると、

731部隊関係者が戦犯になることを恐れてコソコソ逃げ回っている雰囲気はまるでありません。

免責になった証拠で、堂々と表舞台でしかも権力とつながっていたことがわかります。

内藤は企画草案でGHQと折衝をしました。

GHQの担当官のボ-ズマン博士は厚生省に働きかけ、

宮本光一の依頼で神戸銀行小林副頭取が日本銀行や大蔵省の了解を取付けました。

そして1950年9月18日、日本ブラッド・バンク設立のための発起人総会が大阪で開かれました。

メンバ-は11人でそうそうたる名前なので全員書きます。

岡野清豪(国務大臣・元三和銀行頭取)

橋本章吾(大五栄養化学取締役)  
二本杉欣一(大阪府医師会理事)

渡辺忠雄(三和銀行頭取)

内藤良一(医師)

岡崎忠(神戸銀行頭取)

前田松苗(日本赤十字社評議員)  
二木秀雄(医師・政界ジ-プ社社長)

小林芳夫(神戸銀行副頭取) 
国分政次郎(三和銀行常務取締役)

宮本光一(日本特殊工業社長)


会社は株式会社で資本金は3,000万円でした。

個人株主の中にやはり731関係者の名前が見られます。

石川太刀雄丸、太田澄、野口圭一です。

株式の払い込みが終わって11月20日、日本ブラッド・バンクが設立されました。

取締役会長  岡野清豪(国務大臣)

代表取締役専務 内藤良一  
取締役 宮本光一
取締役 二木秀雄  
常務取締役 小山栄二(元陸軍省糧秣本部で黒穂病の研究をした)


そして6年後、元731部隊長だった北野政次が東京プラントの初代所長になりました。
まさに日本ブラッドバンクは731部泰、政界、財界が一緒になって作った会社です

この会社がミドリ十字となりエイズの事件を起こしていくことになるのです。

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ご意見・ご感想はこちらへ ※個人情報の取り扱いについて

お名前 (必須)

メールアドレス ※返信をご希望の方はご記入ください

メッセージ本文