軍による性暴力

慰安婦や強姦の南方への拡大
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最終更新日:2014/04/27 14:31

1941年12月8日、アメリカやイギリスと開戦し、南方に侵略を開始していくと共に、

慰安所や強姦も南方に拡大していきました。

 そのあたりの事を、金原節三「陸軍省業務日誌摘録」から見てみます。   (文章は意訳します)

* 陸軍省課長会報での法務局長報告  1942年2月12日

富兵団(第25軍)において敵前逃亡112、強姦3、掠奪3の報告あり・・・・

比島(フィリピン)方面でも相当強姦(14名)あり、下士官の婦人傷害事例もありたり。・・・・

* 局長会報 (大山文雄法務局長と田中隆吉兵務局長のやりとり)      1942年5月2日

(法務局長) 第25軍の独立速射砲第1大隊の現役大尉がクアラルンプ-ルにおいてマレ-人の妻女を強姦、

    その時計5~6個を掠奪し、さらにジョホ-ルの第3王女を騙し、

    真機を詐欺し、強姦、掠奪、詐欺の犯罪を犯せる者あり。

(兵務局長) 第25軍はクアラルンプ-ルに来るまではとかくの評判ありしも、この事件を契機として今後面目を一新せり。

(法務局長) フィリピン方面においても強姦多かりしが、 

    厳重なる取締まりをなしたる結果、犯罪激減せり。

(兵務局長) フィリピンは他の地域に比し比較的多かった。

    しかし、支那事変に比すれば少ないといえる。

             注: 中国での強姦が相当酷かったか分かる発言です。

 

* 局長会報 大山法務局長の報告          1942年5月9日

南方軍の犯罪件数23件。大体において支那事変に比し少なし。

第14軍(司令官本間雅晴中将)には強姦が多し。

女が日本人むきなるをもってなり。

             注: 女が日本人向きだから強姦が多いとは変な理屈です。

 

* 局長会報 大山法務局長の報告          1942年5月27日

南方犯罪の状況: 掠奪強姦76件(開戦以来)、強姦は14軍に多し、

    犯罪が多きは、14軍、15軍、16軍、南方総軍、直轄、の順で、軍律違反も14軍に多し。

        注: 第14軍はフィリピン、第15軍はタイ・ビルマ、第16軍はインドネシアを担当

 

* 局長会報 田中兵務局長の報告          1942年6月3日

・・・・マレ-では支那婦人に対する暴行が5月の1ケ月だけで8件あった。

 

* 局長会報 大山法務局長の報告          1942年8月12日

南方の犯罪610件、強姦罪多し、支那よりの転用部隊に多し

慰安設備不十分、監視監督不十分に起因す。

拘禁所にはどこも200名あて収容しあるが、いずれも3~4名の法務官が処理しあり

これらの局長会報を見ると、いかに中国での強姦が凄まじかったかが分かります。

その結果中国から転進してきた部隊が南方に来てさらに強姦事件を起こしていることが分かります。

 

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