軍による性暴力

慰安婦の数、出身国、仕事
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最終更新日:2014/05/05 9:32

正規の慰安所、臨時の強姦所、強姦で一体どれだけの女性が働かせられたり

或いは被害にあったのかはっきりとは分かりません。

証拠が残っていない事は何度も言いました。

わずかな資料から正規の慰安所の人数を探って見ます。

(注: 全てが強制とは限りません)

* 華北 北支那警務部「法人職業別人口統計表」  1939年7月1日

        芸妓、娼妓、酌婦その他の人数   8,931名

* 華南 戦時旬報(後方関係) 広州の第21軍司令部作成

1939年4月(原文カナ)

      1 慰安所は所轄警備隊長及び憲兵隊監督の下に警備地区内将校以下のために開業せしめたり

      2 省略

      3 現在従業婦女の数は概ね1,000名内外にして、

 軍において統制せるもの約850名、各部隊郷土より呼びたるもの150名と推定す

        右の他、第一線において慰安所の設置困難なるものにして現地の者を使用せるもの若干あり

注:この数は憲兵駐留地だけの集計です。

また他の所で現地の者つまり中国人を慰安婦にしていますから、

実際には相当の数になると思われます。

さらに、指揮下の小規模部隊が徴発した慰安婦も相当いたはずです。

* 第21軍松村軍医部長の陸軍省医務局の会報での発言     1939年4月15日

                         金原節三「陸軍省業務日誌摘録」から

・・・・性病予防のため兵100人につき1名の割合で慰安婦を輸入す。

       治療は博愛病院にて行い、その費用は楼主これを負担す。検黴は週2回。

注: 広東に駐留していた第21軍が、兵員の増加に備え性病予防のため、

 中国以外から(朝鮮)慰安婦の輸入をしよう とした内容です。

* 上海師範大学教授 蘇智良氏の調査から

1937年末に杭州一帯だけで拉致された中国女性は20,000人に達した。

中国人慰安婦の総数は控えめに見て20万人以上になる。

それには数日間以内の強姦されたケースを含まない

 

第21軍の松村軍医部長の発言では「兵100人に慰安婦1人」となっています。

この率で計算すると、戦争の全期間で日本軍人の数が300万人だったとすると、

3万人の慰安婦が必要だった事になります。

軍人の総数が500万人だった場合は5万人の慰安婦となります。

しかも軍の計算した正式な慰安婦の必要数です。

また1941年、満州の関東軍はソ連戦に対する準備と威嚇として、

平時編成(12個師団、兵力35万)を戦時編成にして、16個師団、85万の兵力を動員する計画を立てました。

いわゆる関特演(関東軍特種演習)です。

この軍人に提供するために、関東軍は既にいる慰安婦とは別に2万人の朝鮮人慰安婦を集める計画を立てました

注:1 この内容は当時関東軍参謀本部兵站班に勤務していた

     村上貞夫氏から千田夏光氏への手紙にあります。

    2 関特演時の慰安婦動員を計画したのは原善四郎参謀で、

     「命令、伝達、通達、配置指示及び業者との接触等事務処理」を

     担当したのは村上貞夫本人です。

    3 最初は日本人慰安婦を徴発する予定だったが、間に合わず朝鮮人慰安婦とした

          4 朝鮮では既に慰安婦を徴集しつくしていたため、3000人位しか集まらなかった。

関特演の計画では平時に35万の兵力、戦時編成で85万、つまり50万の兵が増える事になります。

もともと慰安婦はいたわけですから、兵力が50万増えるのに対して2万人の慰安婦を必要としたわけです。

割り算すると25人の兵隊に1人の慰安婦と言うことになります。

よく言われるニクイチ(291)つまり29人に1人に近い数字です

    注:正式な用語ではないが、一般兵士の中でよく使われた言葉です。

     日本軍では兵隊29人に1人の慰安婦がいたという噂話です。

 この率で計算すると、日本軍の兵士が300万人だった場合慰安婦は12万人、600万人だったら24万人となります。 

慰安婦の交代や死亡があれば更にこの人数は増えます

研究者が割り出した数字を見てみます。

     * 千田夏光 「従軍慰安婦」  80,000

     * 金一勉  「天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦」  170,000~200,000

     * 秦郁彦  「昭和史の謎を追う」  兵員50人に1名の慰安婦とした場合

                        平均300万人の兵隊とした慰安婦の数は

                         慰安婦が交代しなかった場合 60,000

                         1度交代した場合      120,000

 

日本は戦争中に労働者として多くの中国人や朝鮮人を拉致強制連行しましたが、

その連行した労働者にも慰安婦をつける計画がありました。

参考までにその数字を見てみましょう。

* 石炭統制会の苦力使役に関する件 1942年10月21日   1,000人に20~30人  33~50人に1人

*      同上        10月24日         1,000人に40~50人  20~25人に1人

* 富山・伏木港湾会社の計画   1943年夏          224人に9人     25人に1人

このような数字になっています。

強制連行した労働者にすらこの位の慰安婦をあてがう計画だったのですから、軍人にはもっと優遇した筈だと思えます。

では実際にはどの位の慰安婦がいたかということですが、当然ながら正確には分かりません。

先ほども書きました「ニクイチ」で29人に1人、まあ30人に1人として計算してみます。

     兵隊300万

     慰安婦2交代 (戦争期間中15年も続けられないでしょう)

        3,000,000÷30×2=200,000人

     慰安婦4交代の場合   40万人になります。

正確ではありませんが、日本軍の兵隊全員が慰安婦を必要とした場合

2交代で20万人の慰安婦が必要になると考えられます。

勿論慰安婦を必要としない兵士も沢山いた事は事実ですが・・・・

強姦の数字が含まれていないのは当然です。

 

このように慰安婦の人数というのはあくまでも推測に過ぎません。

慰安婦達は人間ではなく軍需物資として扱われたため更に資料は不足しています。

もちろん数が問題なのではなく人権侵害、女性差別、人種差別が問題である事は当然です。

 

[慰安婦の出身国]

   慰安婦にさせられた女性たちの主な出身国

日本、朝鮮、中国、台湾、フィリピン、インアドネシア、ベトナム、ビルマ、

インド、シンガポ-ル、マレ-、オランダ、オストラリア(?)です。

つまり日本軍が関係した全ての国です。先ほども書きましたが総数は分かりません。

植民地だった事と中国語が通じない便利さで、日本軍は正式に(?)多くの朝鮮人女性を慰安婦にしました。

日本軍が関係した全ての慰安所に朝鮮人女性がいました。

というより、全ての慰安所にいたのは朝鮮人女性だけなのです。

その数は20万人以上とも言われます。

年齢は未成年が多く、韓国の証言では89%が未成年となっています。

中国では侵略した敵の軍隊に協力するはずがありませんから、中国人慰安婦はすべて強制連行でしょう。

東南アジアの被害者も同じ事だと思います。

 

[慰安婦が相手をした人数]

   慰安婦が1日に何人の日本兵を相手にしたのか?

このような数字には何の意味もありません。

たとえ1人の客でも性行為を強制されればレイプです。

しかし、いかに過酷な仕事(?)だったのか、を知るためにあえて書きます。

この数字は1994年に韓国の挺身隊問題対策協議会が元慰安婦31人から聞き取りした数字です。

                    週間金曜日 1994年8月5日号から

1日に相手をした客の数

証言した慰安婦

3人以下

1人

4~5人

2人

7~8人

3人

10人

2人

15人

5人

20人

3人

25人

6人

30人

2人

35人

4人

45人

1人

多すぎて分からない

1人

絶対に人には言えない

1人

 注: 記録があるわけではありませんし、

   会社のように毎日決まった仕事をしているわけではありません。

   場所、時期によっても異なりますので一応の目安です。

 

 

 

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