軍による性暴力

日本政府の対応
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最終更新日:2016/10/01 12:12

日本に国会で初めて取り上げられたのは1990年6月6日の参議院でした。

その時の政府答弁は「従軍慰安婦なるものにつきまして・・・・

やはり民間業者がそうした方々を軍と共に連れて歩いているとか、

そういうふうな状況のようでございまして、こうした実体について、

私どもとして調査して結果をだすことは、率直に申しまして出来かねると思っております。」というもので、

つまり政府としては調査しないということです。

 

1990年5月、韓国の盧泰愚大統領の訪日時に、韓国の市民団体からの要望書が出された事はすでに述べました。

日本政府は1965年の「日韓請求権協定」ですでに解決済みであるとの立場を取り、

韓国政府もそれに近いような考えでした。

 

しかし細かいところでは両国の解釈や見解は違っていました。

* 日本政府は1965年当時、議題に上がっていなかった「慰安婦問題」も解決済みと主張し、

   韓国政府は議題に上がっていなかった事は含まれていず、未解決であると主張しています。

その後世界的に、国際法、上国家同士の協定があっても

個人の請求権は残っているのではないか、という解釈が出始めました。

それに対しては1991年8月27日、参院予算委員会で柳井条約局長は

「日韓両国間において存在しておりましたそれぞれの国民の請求権を含めて解決したとい

うことでございますけれども、これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を

相互に放棄したということでございます。

したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたという

ものではございません。」と答弁しました。

これは画期的な解釈で、国の条約局長が個人の国に対する請求権を始めて認めたのです。

 

 

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