講演録:南京事件の真実は?

中支那派遣軍の問題
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最終更新日:2014/07/05 13:03

次の話に行く前に、何故この時期の日本軍は多くの問題を起こしたのか?その話をします。

色々な原因が考えられますが、根底にあるのは中国人蔑視でしょう。

現在でも中国人蔑視や敵視する人がいるのですから当時当時はもっとひどかったと思います。

それ以外の原因として考えられる事は・・・・

1 後方からの補給準備がまったく欠けていたので、

   南京に殺到した各部隊は民間人からの徴発に食料を依存し、略奪暴行の原因になった

2 中支那方面軍には外交や渉外の機能がなかった

   また国際法を熟知した軍の法務官が少なかった

   そのため日本の公使館や領事館との連携も取らず外交官は軍の暴行をとめる事が出来なかった。

3 軍は軍規風紀維持について関心がなかった。

   方面軍には元々直属の憲兵がいなく、個々の派遣軍や第10軍所属の憲兵しかいなかった

   20万の日本軍に100人前後の憲兵では取り締まる方法がなかった。

   特に12月17日の入城式時点では南京城内にはわずか17名の憲兵しかいなかったため、

   兵士の非行を止めることが出来なかった。

4 軍中央にはもともと南京攻略までするつもりがなかったため、

   何故南京を攻略するのか、占領後南京をどのようにするのか、基本方針がなかった

 

時計を見たらだんだん時間がなくなってきましたので、

南京事件の細かい内容は省いて、少し飛ばして次に進めましょう。

 

今でも南京事件はなかったと主張する人がいます。

そんなに人数はいません。恐らく10人位かと思います。

それでも次々と本を出版し声高に主張しますから世間を混乱させてしまいます。

受け売りで主張する人は沢山いますね。

某市長もそうだと思います。

次からはなかったと主張する人たちが話題にすることを中心に説明と事実を述べます。

 

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