南京事件の事実は確定している

学問的には南京事件の事実は確定した事です。

どんなに確定した事でも、なかったと主張している人が数人いる。

ただそれだけの事です。

しかしその数人の声がとても大きく、新聞や雑誌などの手段を持っているので

本屋さんに本が一杯並ぶのです。

ですから若い人は、ついそうなのかなあ~と思ってしまうのです。

学者で言えば秦郁彦先生と言う方、私から見るとかなり右よりな研究者ですが、

それでも約2万人の殺害があった事を認めています。

研究者では一番少ない数字でしょう。

又、旧日本陸軍の将校クラブ、偕行社と言います。

今でもあります。

皆、かなりご高齢なので確か資料を靖国神社の資料室に移したと思います。

その偕行社では、世間であまり南京大虐殺と騒ぐので、

機関紙「偕行」で南京事件に関するアンケ-ト調査をしています。

会員向けの調査と雑誌連載です。

対象は旧陸軍の将校ですから一番正確ですね。

「証言による南京戦史」と言う連載は1984年4月号から85年2月号まで連載されました。

ところが当初の目的とは逆に虐殺の証言がどんどん出てきてしまったのでした。

その結果、連載終了翌月の3月号で書くはずだった責任者畝本氏の総括は中止になり

編集者が代わりに総括を書いています。

●総括的考察

 ・・・・中国人民には深く詫びるしかない。まことに相すまぬ、むごいことであった・・・・

そして虐殺の人数を3000人~6000人(畝本氏)、13000人(板倉由明氏)として機関紙の連載は終了しました。

 

政府レベルでも2006年に日中間で歴史共同研究がスタ-トしました。

当時の安倍晋三総理と中国の胡錦濤国家主席の合意でスタートしたのです。

日本側の座長は北岡伸一東大教授。

中国側座長は歩兵社会科学院近代史研究所長です。

研究会は2010年1月31日に共同研究報告書を発表しました。

その報告書の日本側論文です。

 

●日中歴史共同研究

 ・・・・昭和12年12月10日、日本軍は南京総攻撃を開始し、

 最初の部隊は12日から城壁を突破して城内に進入した。

 翌13日、南京を占領した。・・・・

 中支那方面軍は、上海戦以来の不軍紀行為の頻発から、

 南京陥落後における城内侵入部隊を想定して

 「軍紀風紀を特に厳密にし」という厳格な規制策(南京攻略要領)を通達していた。

 しかし日本軍による捕虜、敗残兵、便衣兵、市民に対して

 集団的、個別的な虐殺事件が発生し、強姦、掠奪や放火も頻発した。

 日本軍による虐殺行為の犠牲者は、

 極東国際軍事裁判における判決では20万人以上

 (松井石根司令官に対する判決文では10万人以上)、

 1947年の南京戦犯裁判軍事法廷では30万人以上とされ、

 中国の見解は後者の判決に依拠している。

 一方、日本側の研究では20万人を上限として、

 4万人、2万人などさまざまな推計がなされている。

 犠牲者数に諸説がある背景には

 虐殺の定義、対象とする地域・期間・埋葬記録・人口統計など

 資料に対する検証の相違が存在している。

 宣戦布告がなされず「事変」にとどまっていたため、

 日本側に、俘虜の取り扱いに関する指針や占領後の住民保護を含む軍政計画が欠けており、

 また軍紀を取り締まる憲兵の数が少なかった点、

 食料や物資補給を無視して南京攻略を敢行した結果、

 略奪行為が生起し、軍紀弛緩をもたらし不法行為を誘発した点などが指摘されている。

 

これは国家同士の正式な共同研究です。

ですから南京事件があったということは日本国家の正式な見解と言って良いでしょう。

国家がきちんと認めたことを公の地位にある人が否定する事はおかしい事です。

ドイツでは犯罪になります。

まあ友人と一杯飲みながら自説を展開するのは良いでしょうがね!