三光作戦

河北省魯家峪の虐殺
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最終更新日:2014/05/06 10:02

* 張俊金さんの証言 1924年生まれ

1942年3月3日、総勢5000人ぐらいの日本軍が村を包囲しました。

村へ入った日本軍は家に火をつけ、民家1900件を焼き払い、220人ほどを殺しました。

・・・・残酷だったのは銭連発の娘が毒ガス中毒で苦しんでいるのに輪姦され、殺された事です。

于長合の妻、李は強姦に抵抗したために腹を切り裂かれ胎児をえぐり出されて殺されました。

* 鈴木啓久の証言(陸軍第117師団師団長 中将) 自筆供述書 1954年8月8日付 原文カナ

・・・・私は「徹底的に相当せよ」と命令しました。

続いて続々と戦果あるとの報告を受けましたので、私は現地に行き視察をしました。・・・・

山地に避難せる中国人民の農民235名を、

中にも妊婦の腹を割く等の野蛮なる方法を用いて惨殺し魯家峪部落800戸を焼き尽くし・・・・

婦女の強姦100にも達したのであります・・・・

 

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